『らんまん』松坂慶子が表現し続けた厳格なタキ像 “愛”がゆえの祖母としての変化
槙野タキは偉大な人物だ。そう、放送中の朝ドラ『らんまん』(NHK総合)で松坂慶子が演じるあのキャラクターのことである。彼女は主人公・万太郎(神木隆之介)の祖母という役割だけでなく、この作品そのものの“母親的存在”であり続けてきた。おそらく万太郎がそうであったように、登場はしていなくともつねに本作のどこかに彼女の存在を感じていた。これは筆者だけではないだろう。
タキは夫にも息子にも先立たれ、造り酒屋「峰屋」を女手一つで切り盛りしてきた人物だ。物語の序盤では、彼女に対してとにかく厳しい印象しかなかった。万太郎が何かしでかせばこちらまでヒヤヒヤし、彼が叱責を受ければこちらまで萎縮してしまったものである。だが振り返ってみれば、すべて仕方のないことだった。万太郎は父だけでなく母も早くに亡くし、彼の後ろ盾となるような存在はタキだけだったのだ。「峰屋」は名家でもある。彼女でなければ抱えきれないほどの重く大きな責任を背負っていた。けれどもタキの言動に迷いのようなものがなかったのは、やはり彼女が大変な世界を生き抜いてきた人物だからなのだろう。“造り酒屋「峰屋」を女手一つで切り盛りしてきた”というのは、並大抵のことではない。
作品を観れば一目瞭然だが、「峰屋」にいるのは男ばかりである。それどころか、そもそも酒蔵は“女人禁制”でもあった。その昔、万太郎の姉である綾(佐久間由衣)が酒蔵に入った際、烈火のごとく怒っていたタキの姿を鮮明に覚えている。しかも、頼ることのできる身内がいない。そのような状況下でタキは「峰屋」の看板を守ってきたのだ。彼女のあの存在の説得力は、脇を固める俳優たちの力によるものでもあるのだろう。誰もがタキを崇める役どころに徹してきたのだ。しかし何より演じる松坂自身が、厳格なタキ像にブレずに徹してきた。
本作の公式ガイド『連続テレビ小説 らんまん Part1』(NHK出版)にて、松坂は「こんなに怒鳴る演技は初めてのこと」と話したうえで、「あまり多くを語らずに、背中で生きる姿勢を見せていく。(中略)初めて演じる役どころですから、初めて感じる気持ちもあって、自分の両親のことをよく思い出すんです。父も昔かたぎの人で、自分の気持ちをあまり表現しない人でしたが、今考えると愛されていたんだなと思います。タキも同じで、言葉では優しく言わないけれども、孫の万太郎と綾のことや、酒蔵に勤めてくれている人たちのことを、本当に大切に思っている。それに、人は愛がなければ叱れないんですよ」と、タキ役について語っている。