『らんまん』を通して思う“物語”の役割 朝ドラの軌跡と重なる万太郎の植物学者への歩み

『らんまん』を通して思う“物語”の役割

 また、綾が村に戻り、自分たちの進路についてタキに語ったあと、育ての親であるサキ(広末涼子)の形見であり、万太郎が描いたバイカオウレンの絵を取り出し、母を思い出しながらそっと抱きしめる。これは万太郎が、花は枯れてしまうけれど、絵は残ると思って描いたものだ。その絵には、バイカオウレンの花の記憶と、母の記憶と、母が一番好きな花を残したいという万太郎の真剣な思いが閉じ込められ、時を経ても残っている。

 万太郎が夢中になる、多様な植物のひとつひとつの個性を記し、名前をつけて、後世に遺そうとする行為は、誰にも気づかれないまま消えてしまうものに心を傾けることである。ドラマもまた、万太郎が出会った先人たちの不断の努力に目を向ける。天狗こと坂本龍馬(ディーン・フジオカ)にはじまり、池田蘭光(寺脇康文)、早川逸馬、ジョン・万次郎(宇崎竜童)。彼らは皆、未来を夢見て、道のないところに道を切り開いて来た。が、志半ばで龍馬は暗殺され、蘭光の私塾は国の学校にとって代わられ、逸馬は捕まり、万次郎はアメリカにいた頃のほうが自由だったと日本に戻ったことを後悔している。大成功とはいかなかったが、それでも彼らのやってきたことは意味のあることで、彼らがいたからこそ、自由への道が少しずつでも切り開かれて、万太郎や綾や竹雄はその道を歩き、さらに道を切り開いていく。

 過去も努力してきた人たちの思いや行為を残すこと、それが物語の役割でもある。そうやって朝ドラは1961年から62年もの間、何にも損なわれることなく自分らしく生きていこうとする者たちの物語を描き続けている。

 綾役の佐久間由衣がかつて『ひよっこ』(NHK総合)で演じた、昭和高度成長期に生きた時子は、70年代、女性解放運動が盛んな時期に、女性のリーダーとして「日本中のいや世界中の女の子たち女性たち。いろいろ大変だよね。女として生きていくのは。でもでも、女の子の未来は私に任せて。みんな私についてきて」というセリフを言っている。ミニスカートで女性解放したモデル・ツイッギーそっくりコンテストをきっかけに女優デビューして、時子は自分の道を歩んでいく。

 明治時代の『らんまん』の使用人・たまが綾の言葉に感化され、「綾様についていきますき」と言ったとき、明治と昭和が呼応したようにも思えた。綾は、タキが家制度に苦しみながら生きてきた思いを、サキが母として子供たちを思いながら早逝した思いを受け継いで、それがその先の未来に続いていく。私たちがいま立っている場所は誰かのおかげでできている。だからこそ私たちもそれを大切によりよい方向に向かっていかなくてはいけない。

 過去、現在、未来と描く時代を変えながら、人間が踏みにじられることなくよりよく生きることへの願いのために奮闘した人たちの姿を、声を、残し続けているのが朝ドラ。植物が季節ごとに芽生え花咲くように繰り返し繰り返し描き続けて、『らんまん』で108作。108作ものドラマに記された人々の記憶はまるで、万太郎のモデルである牧野富太郎が生涯かけて行い続けた植物採集のようでもある。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣、広末涼子、松坂慶子ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK

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