『エンパイア・オブ・ライト』が描く心の拠りどころ オリヴィア・コールマンによる説得力

『エンパイア・オブ・ライト』は何を描いたか

 本作がここで最も表現したいのは、人間の“優しさ”や、“共感の力”なのではないか。イギリスに限らず、世界中の社会には底知れない悪意や、強者たちによる身勝手な振る舞いが看過され、弱い立場の者たちは、その被害に遭い続けている。そんな現実の状況のなかで、弱い者たちが一人で、または身を寄せ合って、一時でも安心な場所に避難する。それが本作で示された、映画館の場内の暗闇の中であったり、自宅で詩を読む静かな時間なのではないか。

 その意味でエンパイア劇場は、一部の人々の心のシェルターとなっているし、ヒラリーとスティーヴンにとって、あの荒廃したフロアや誰もいない浜辺が、心の安らぎの場所となっている。本作が描いたのは、そういった誰にでも必要になり得る、心の拠りどころなのだと考えられる。

 “映画”や“映画館”は、ある人にとってはビジネスであり、または表現の場であったり、娯楽を享受したりコミュニケーションツールとして活用されたりするものだ。しかし一部の人にとってそれは、厳しい現実から一時的に安全な場所へと逃れる扉のようなものにもなる。

 劇場の闇は、観客全てに等しく闇を与えてくれる。そこで観客たちは自分の存在を曖昧にして、映画スターが演じる登場人物に同化することができる。また、本作そのものがそうであるように、映画作品は、ある視点によって人々の心を思いやる想像力を育んでくれることもある。本作は、そういった意味において、映画や映画館が長年の間、弱い者たちを救ってきたことへの感謝の手紙のようなものであるといえるだろう。

 この、静かな感動を呼び起こす物語に決定的な説得力を与えたのは、とくに演技巧者オリヴィア・コールマンによる、繊細さと激しさに大きく振れるパフォーマンスにあることは、言うまでもないだろう。ただ、彼女の精神的な不安を、自室の落書きによって表現したり、砂の城を突然破壊するといった展開から感じられるように、メンデス監督側からの描き方は、ときに緻密さを放棄しているように感じられる部分がある。

 本作はメンデス監督自身が脚本を書いているが、じつは単独で脚本の執筆を務めるのは、今回が初めてである。それが、本作から非常にパーソナルな雰囲気が伝わってくる理由になっているだろうし、同時に作り込みの弱さをも感じさせる結果になったといえるのではないか。

 それでも、『サンセット大通り』(1950年)のクライマックスにおける、主演グロリア・スワンソンによる鬼気迫る演技のように、階段の下で演劇的なパフォーマンス、しかもシェイクスピア劇の男性役を模した動きを見せてくれるコールマンの、圧倒的な存在感には舌を巻くところがある。『エンパイア・オブ・ライト』は、やはり彼女がいてこそ成立し得た一作だということは間違いないだろう。

■公開情報
『エンパイア・オブ・ライト』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督・脚本:サム・メンデス
出演:オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、コリン・ファース、トビー・ジョーンズ、ターニャ・ムーディ、トム・ブルック、クリスタル・クラークほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2022年/イギリス・アメリカ/原題:Empire of Light
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる