『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が超絶技巧で描く普遍的なテーマ

 気が狂いそう~(ラーラーラー)♪ やさしい歌が好きで~♪ ああ あなたにも聞かせたい~♪ ……力強く背中を押してくれる系の映画を観ると「おっ、THE BLUE HEARTS感が出てきたな」と思ってしまうのは、わたくしアラフォーの悪い癖である(逆にちょっと悲しくて繊細な青春モノを観ると「おっ、スピッツ感が出てきたな」と身構える)。何の話かと言うと、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)の話だ。

 アメリカでコインランドリーを営む中国人女性エヴリン(ミシェル・ヨー)は、人生に疲れていた。店はいつも自転車操業で、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)は頼りにならない。娘のジョイ(ステファニー・スー)はレズビアンで、エヴリンは理解を示しつつ、頑固な父親には余計な波風を立てたくないと、その事実を隠そうとする。気を遣いっぱなしの日々を送るエヴリンだが、今年も確定申告の季節がやってきた。大量の書類を抱えて税務署へ走るが、担当者のディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)は非常に頑固な人物で、今年も波乱は必至だ(ちなみにアメリカの確定申告は、非常に複雑で厄介なものらしい。Netflixの『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』でも「日本の確定申告みたいにすりゃいいじゃん」とネタにされていた)。しかし……ディアドラのもとへ向かうエレベーターの中で、夫のウェイモンドが豹変した。素早く監視カメラをふさぎ、眼鏡をはずし、凛々しい顔をつきでエヴリンに語る。「僕はマルチバースから来た別のウェイモンドだ!」エヴリンは意味不明なことを言い出した夫に戸惑うが、否応なしに全宇宙の運命を賭けた戦いに巻き込まれていく。

 本作はマルチバース、いわゆるパラレルワールドものである。非常に複雑で突飛な映画だが、しかし一方で小さな日常と生活の話でもあり、作品に込められたメッセージ性は至ってシンプルで力強い。冒頭に引用した通り、THE BLUE HEARTSが言うところの「人にやさしく」である。生活を送っていると、ついつい自分ひとりが苦しんで悩んでいると思いがちだ。やがて何もかもが無価値に思えてきて、全部がどうでもよくなることがある。しかし実際は多くの人が自分と同じように悩み苦しみ、人生と戦っているのだ。だから時には本音で話し合って、お節介に思われても、周りから見たらバカげているようでも、行動で示すことが大事なのである。そうすれば、相手もやさしさで応えてくれる。こうした些細なやり取りが、案外、人生を支える希望になるのだ。人は一人では生きられない。人にやさしくしよう。本作で語られるテーマは、そんな普遍的なものだ。

 しかし同時に、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、超絶技巧で魅せる映画でもある。実際にこの目で見終わった今なら断言できる。本作が様々な賞を獲りまくっているのも納得だ。正直なところ、私は本作の全てには乗り切れなかった。特にクライマックスの尺は必要とは思いつつ、「くどい」とも感じたし、散りばめられたギャグが全て当たっていたとも思わない。ただし、そういった個人的な好みはさておき、この映画がやっていることの技術の高さは、突出したものがある。複雑なストーリーを見せ切る圧倒的なビジュアルの力、俳優たちの熱演、その他諸々、映画を構成する要素の一つ一つのレベルが高い。その中でも特に注目すべきは俳優陣だ。本作は「もしも、あのとき別の道を選んでいたら……」という形で、主要登場人物のまったく違う人生が同時並行で描かれる。ミシェル・ヨーは基本がコインランドリー経営の疲れた中年女性だが、「夫と結婚しなかった世界」では、カンフーを極めて映画スターになっていた(つまりミシェル・ヨーだ)。彼女はゴージャスな劇場で、煌びやかなドレスに身を包み、マスコミに囲まれている。その姿は「世界を獲った女優」そのものだ。さらにその世界では、キー・ホイ・クァンは情けない夫ではなく、成功したダンディな大人の男として登場する。そして2人はウォン・カーウァイ的なメロドラマを繰り広げ……。こんな調子でいろんな登場人物が、その世界ごとにまったく異なる姿を魅力的に演じているのだ。きっと1本の映画の中で、何本もの映画を観ているような錯覚に陥るだろう。そんな2人の娘役を演じた新星ステファニー・スーも見逃せない。多くを語るとネタバレになってしまうので伏せておくが、彼女はミシェル・ヨーやジェイミー・リー・カーティスといった、超ベテラン実力派女優らと互角の輝きを見せてくれた。今後が楽しみでならない人物だ。

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