『夕暮れに、手をつなぐ』に滲む北川悦吏子の悲哀と自責の念 空豆、音ら若者に漂う空虚感
北川悦吏子脚本×広瀬すず・永瀬廉出演のドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』(TBS系)の第1話を観て、「結局またロンバケをやりたいのか」と思った視聴者は多かったろう。
九州の片田舎で育った“野生児”のような女の子・浅葱空豆(広瀬すず)が音楽家を目指す青年・海野音(永瀬廉)と運命的で衝撃的な出会いを果たすことから始まる青春ラブストーリーという本作。
初回では、冒頭から「運命」を匂わせる数々の「偶然」が連発される。
横断歩道で二人がぶつかった瞬間にイヤホンが落下して入れ替わってしまったり、公園でスマホ片手に曲を作る音の前に、噴水で洗顔する空豆が現れ、噴水に落としかけた音のスマホを空豆がキャッチしたり。幼なじみの翔太(櫻井海音)に婚約破棄されて荒れ狂う空豆と、レコード会社の担当にダメ出しされる音が同じ高級中華料理店で再会したり、橋の上で婚約指輪を落として拾おうとする空豆を、身投げと勘違いした音が止めたり、挙句、サウナで倒れた空豆を、音の下宿する雪平邸の主人・雪平響子(夏木マリ)が拾ってきたことで「一つ屋根の下」生活がスタートしたり。
こうしたあり得ない「偶然」の数々は、トレンディドラマの時代にはワクワクされても、今の時代には興ざめする人が多いだろう。また、空豆が婚約破棄されるところから二人が出会う設定も、空豆が窓から顔を出し、路上にいる音に呼びかけるシーンも、山口智子と木村拓哉の共演で一世を風靡した『ロングバケーション』(1996年/フジテレビ系/以下『ロンバケ』)そっくり。「野生児」「イノシシ」と言われるパワフルで真っすぐなヒロインと、ボソボソ喋る繊細男子の組み合わせにも既視感を覚えた人が多かったろう。
おまけに、制作発表会見で北川悦吏子が語った「私、キンプリが出た時から永瀬廉君のことはいいなと狙っていたんですけど」発言や、『ウチの娘は、彼氏が出来ない‼』(2021年/日本テレビ系)の際に、岩井俊二の紹介で目をつけ、手紙で出演交渉した川上洋平を本作にも起用したり、広瀬すずの役名に写真家として活動していた自身の娘のアーティストネーム「あさぎ空豆」を使ったりと、放送開始前から様々な点で“私物化”と批判されてきた。
そんな中、第1話だけ観て「古臭い」「時代とズレてる」などと感じ、早々に脱落していった視聴者は正直、少なくないだろう。かく言う自分も第1話の段階で「いつものヤツ」と思った。しかし、回を重ねるにつれ、広瀬すずの放つ透明さやキラキラ感が、悲しく空虚に見え、愛おしく思えてきた。その一方で、そんなふうにしか生きられなかった家庭環境や、そうさせた大人たち、時代性が浮き立ってきたように見える。
空豆が失恋の痛手から立ち直ろうと必死に生きるのは、『ロングバケーション』の葉山南(山口智子)と同じ。しかし、売れないながらも「モデル」という華やかな職業につき、仕事にプライドもそれなりに持っていた南と違って、空豆には何もない。だから「婚活!」「港区女子!」などと唆され、教えられるままマッチングアプリを始めたり、異業種交流会と称する鼻持ちならない婚活パーティに参加したりする。こうした場で空豆が作り笑いできずに浮いてしまうのは「田舎の子」とか「野生児」とかのせいではない。
実は空豆は母親に捨てられ、祖母・たまえ(茅島成美)に育てられ、たまえの足が悪いことから、家の中にエレベーターを作ってくれると約束していた翔太と破談になったことで、自身が300万円をなんとか作ろうと考えたのだ。
しかし、蕎麦屋のバイトで300万円もの大金を前借させてくれと頼み、当然ながら断られると、勧められるまま婚活に励む。起業で成功している翔太に一方的な婚約破棄の慰謝料として請求すれば良いと、誰もが思うだろう。しかし、空豆にその発想はない。
だから、響子の息子で起業家の爽介(川上洋平)に突然結婚してくれと言い、それを爽介も受け入れる。実は爽介も響子いわく「騙されたり、二股かけられたり」「ボーッとした子」のため、ニューヨークにいる元カノが別れてくれず、嫁を連れていけば納得してもらえるという計算で、空豆を利用しようとしていたのだった。片や300万円のため、片や元カノと別れる口実のために、相手を利用しようとしていたわけだが、どちらも共通しているのは祖母もしくは母親がパワフルで、エネルギッシュで、「過干渉気味」であること。
たまえは空豆に執拗に電話をし、頭ごなしに𠮟りつけ、九州に帰るようにまくしたてる。一方、夜な夜な焚火をするおさげ髪の妖精のようなファンタジー感溢れる響子は、アラフォーの息子に「イノシシ(空豆)くらいがちょうど良い」と本人の意向は完全無視で、無理やり空豆とくっつけようと企てる。
アラフォーで母親にそんな心配をされる爽介の事情はよくわからないが、爽介をそうさせた原因の一つに、確実に自由人で奔放ながらも、息子には過干渉気味な母・響子の存在があるだろう。
一方、母親に捨てられた空豆が、何も夢中になれるものも、自信もなく、300万円を作る手段として「蕎麦屋バイトの前借が無理→婚活」と一足飛びになるのも、空豆自身のせいではない。音楽を作る音を「すごい!」と言いつつ、自分が他力本願で情けないと嘆くのも、夢を抱ける環境になかったからではないか。