藤ヶ谷太輔が新時代のダメ男像を確立 『そして僕は途方に暮れる』が必見である理由

『そして僕は途方に暮れる』新時代のダメ男像

 1980年代に発表されてから現在までに、福山雅治やCHARA、佐藤竹善など、数多くの日本のアーティストに親しまれ、カバーされてきた楽曲「そして僕は途方に暮れる」。シンガー、作曲家の大沢誉志幸によって作曲されるとともに歌唱され、詩人の銀色夏生と大沢が共同で歌詞を手がけている。その詞の内容は、恋人が自分から離れていくことを止めることができない、まさに途方に暮れざるを得ないような瞬間が切り取られたものだ。

 この曲の世界を想起させるような、オリジナルの戯曲が、劇作家で演出家の三浦大輔によって新たに創造され、藤ヶ谷太輔主演で上演されて好評を博した舞台作品が、曲と同名の『そして僕は途方に暮れる』だった。責任や批判から逃げ続け放浪する、藤ヶ谷演じる主人公の“ダメ男(おとこ)”ぶりが、背筋が凍るようなリアリティをもって、そしてどこかユーモラスに描かれていくといった内容だ。

 三浦大輔の舞台作品『愛の渦』や『娼年』は、三浦自身が映画監督として、映画化しているように、本作『そして僕は途方に暮れる』もまた、それらに続く「セルフ映画化」した映画作品の一つとなった。主演の藤ヶ谷に加え、前田敦子、中尾明慶ら出演陣は、舞台版と同じ俳優が続投し、豊川悦司、原田美枝子、香里奈、毎熊克哉、野村周平らが新たにキャスティングされた。

 だが、本作はそのような説明で理解できる範疇にとどまっていない。これまでの三浦監督の「セルフ映画化」作品と比較しても、明らかに完成度や、映画作品としての迫力が突出している。ここでは、本作のどこが優れているのか、そして表面上のストーリーの他に、何が描かれていたのかを考察しながら、その魅力の本質的な部分を解説していきたい。

 物語は、最悪の出来事からスタートする。主人公の菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は、都内でフリーターをしながら、恋人の里美(前田敦子)と同棲生活を送っているが、家事や経済的な面について、里美にかなり負担を押しつけている。そんな状態にもかかわらず、裕一は二人の関係を壊すような行為をしてしまう。

 普通に考えるなら、裕一が平身低頭して、赦しを乞わなければならないシチュエーションである。だが、彼の態度は予想外の奇妙なものだった。里美からの怒りの言葉に対し、殊勝な態度を見せる努力すらも放棄し、すぐに荷物をまとめて部屋を出てしまうのである。

 住む場所を失った裕一は、同じく都内に暮らしている同郷の親友、伸二(中尾明慶)の部屋に転がり込み、居候生活を始める。しかし、世話になりながら全く感謝の念を見せず、ちょっとした買い物ですら自分で行こうともしない。生活費を出すそぶりすら見せない裕一の態度に、ついに温厚な伸二も堪忍袋の緒が切れる。そして、至極真っ当な文句が浴びせられると、またもや裕一は、そそくさと部屋を後にしてしまうのだった。

 バイト先の先輩(毎熊克哉)、実の姉(香里奈)、実家の母親(原田美枝子)と、裕一は受け入れてくれる人を訪ねては、正論をぶつけられたり面倒くさい状況に陥ると、そこで話し合いや謝罪をすることを避けて転々とし続けるという、異様な行動を繰り返すのである。

 ふらふらしたダメ男を描いた映画の代表格といえば、『男はつらいよ』シリーズが有名だ。主人公の「寅さん」は、テキ屋稼業をしながら日本全国をまわり、時おり実家に帰っては、その都度失恋して、傷心のまま旅に出るということを延々繰り返している。それでも寅さんが、家族や周囲の人々から好かれているところがあるのは、ユーモラスで憎めない性格と、弁が立つところがあるためだろう。

 対して本作の主人公は、風向きが悪いと見るや、会話や議論をシャットアウトしてしまう。そして、責めた者に罪悪感を植え付けるようなかたちで、半ばあてつけのように出ていくのだ。たしかに、後ろ暗いところがあればあるほど、人格を否定されるおそれから、話し合いなどしたいとは思わないのは理解できる。だが、健康で稼ぐ能力があるにもかかわらず、相手に負担を与えたり迷惑をかけているのだとすれば、最低限の感謝や、へり下った態度を見せることが必要になるのではないか。寅さんですら、予告なく旅に出た後に、毎回丁寧な謝罪の手紙を送っているのである。

 本作同様に、ダメ男の生き方を描いた近年の映画『劇場』(2020年)、『泣く子はいねぇが』(2020年)などでも、やはりダメで迷惑をかけている境遇なのにもかかわらず、やけにプライドが高く、おいそれとは謝らない男たちが描かれた。それを支える側の者たちが、そこにこそキレるというのは、当然のことだといえるだろう。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる