持ち家or賃貸に悩む人も必見!? 稀有なバランスの娯楽作『奈落のマイホーム』

稀有なバランスの娯楽作『奈落のマイホーム』

 汗水たらして働いて、やっとの思いで手に入れた愛しのマイホームが、突然の地盤沈下で地下500メートルの奈落に真っ逆さま……という、悪夢のような状況を描いた注目のディザスタームービーが『奈落のマイホーム』である。

 大都会に突如として陥没孔(シンクホール)が出現するという現象は、韓国では大小含め年間およそ900件も発生しているそうだ。その原因は岩盤の薄さや地下水の流入などによる自然現象とも、入念な地質調査をしないまま行われた土地開発や違法建築、手抜き工事による人災とも言われている。日本でも、2016年に起きた博多駅前大陥没事故を覚えている人も多いだろう。決して他人事ではない恐怖なのだ。

 とはいえ、不謹慎な言い方をすれば「思わず笑ってしまうしかない災難」ではある。今年公開されたイ・オクソプ監督のオフビートコメディ『なまず』(2018年)では、シンクホールが「都会の不条理の最たるもの」として象徴的に登場した。『奈落のマイホーム』もまた、『なまず』とは異なる大規模なディザスタームービーでありながら、同時にコメディでもあるという稀有なバランスの娯楽作になっている。

キム・ジフン監督の巧みな“描き分け”

 監督は『第7鉱区』(2011年)や『ザ・タワー 超高層ビル大火災』(2012年)などのパニック超大作を手がけてきたキム・ジフンなので、この種の題材はお手のもの。大がかりなセットとVFXを巧みに融合させた災害スペクタクル描写の見応え、危機的状況のなかで登場人物たちが右往左往しながら脱出を図る群像劇のさばき方は、さすがの腕前だ。さらに本作では喜劇色を全面に出し、新鮮な面白さを追求している。もちろん韓国映画らしく「笑うに笑えない」現実を反映したドラマでもあるので、シリアスな部分もしっかり見せるところに監督の力量が現れている。巨大な悲劇的状況と地に足の着いたヒューマンドラマの混合という点では、『光州5.18』(2007年)のタッチに戻ったと言えるかもしれない。

 序盤では、現代のソウルに暮らす普通の人々の日常生活が、いかにもお茶の間で親しまれそうな庶民派ドラマ風の雰囲気で描かれる。ひとつは、11年かけてマイホームを手に入れた中間管理職のドンウォン(キム・ソンギュン)とその家族が織りなす、ほのぼの家庭劇。もうひとつは、同じマンションに暮らす変わり者・マンス(チャ・スンウォン)との噛み合わないやりとりを畳みかける、ドタバタご近所喜劇。さらに、ドンウォンの引っ越し祝いにやってくる会社の同僚たちとの都会派オフィスコメディ……というように、映画だからと言って肩肘張ったリアリティや深刻な人間関係など押しつけず、親しみやすさを前面に出した作りで観る者の緊張を解いていく。

 そのうえで突如訪れる、地盤沈下シーンの迫力が凄まじい。ずぶずぶとマンション一棟が地中に沈んでいくというシュールな光景と、なす術もなく土砂や瓦礫に埋もれていく恐怖が入り交じった、あまり類を見ないディザスター描写が圧巻である。運悪く巻き込まれる者、間一髪の差で被害から逃れる(しかし家族と離れ離れになってしまう)者の描き分けも巧みだ。

 そこから映画のトーンがシリアス一辺倒に傾くわけではないところも、本作の美点。序盤の親しみやすさで心を掴んだ観客を、気持ちよくサバイバルドラマに誘導していくストーリーテリングに、作り手のサービス精神を感じる。

コミカルにもシリアスにもスイッチ可能な芸達者なキャストたち

 いかにも超大作らしい大スター揃い踏みの顔ぶれとは異なり、コミカルにもシリアスにもスイッチ可能な芸達者たちを揃えたキャスティングも本作の大きな魅力。その筆頭が、念願のマイホームを一瞬で失ったうえ、決死のサバイバルに挑む羽目になるドンウォンを熱演するキム・ソンギュンだ。『悪いやつら』(2012年)のふてぶてしい暴力団員から、Netflixドラマ『D.P. ―脱走兵追跡官―』(2021年)のまるで軍人らしくない上官まで、幅広い演技力に定評のある実力派俳優である。バイプレイヤーの印象が強い彼が、こんな超大作で堂々の主役を張ることに驚きつつも、「韓国の大地康雄」ともいうべき彼の得がたい魅力をひしひしと感じさせてくれる。

 そして、正体不明のご近所さん・マンスに扮するのは、チャ・スンウォン。本作のキャスト陣のなかでは例外的に大スターと言っていい存在だが、近年はもっぱら怪優のイメージが強い。『ハイヒールの男』(2014年)では性転換手術を夢みる武闘派刑事、『毒戦 BELIEVER』(2018年)では謎に包まれた麻薬売買組織のボスと、一筋縄では行かない役柄にチャレンジしてきた彼ならではの「つかみどころのなさ」が、マンスの不敵だが微妙に間の抜けた佇まいにも存分に活かされている。芝居バカの同志とも言えるような共演者たちに囲まれて、心なしか嬉しそうだ。

 ともすれば暑苦しくなりかねない顔ぶれのなかで、いい息抜きになっているのが、バラエティ番組でも活躍する人気者イ・グァンス。上司の引っ越し祝いに来たおかげで災難に巻き込まれる部下役で、本作のコメディリリーフを軽妙に快演。同じくマンションごと地中深くに閉じ込められる研修中の女性社員、ウンジュ役には若手注目株のキム・ヘジュン。時代劇とゾンビパニックを融合させたNetflixの人気ドラマ『キングダム』で鮮烈な印象を残した彼女が、本作でも泥だらけになりながら悲運を跳ね返す生命力を発散し、映画に清涼感を与えている。その一方、物語のシリアスな悲壮感を一身に背負うような役割を担うのが、個性派女優クォン・ソヒョン。シン・スウォン監督の問題作『マドンナ』(2014年)で強烈なインパクトを与えた彼女が、地上に残されたドンウォンの妻を等身大の佇まいで演じ、その切迫した表情が映画を引き締めている。そして、韓国映画の醍醐味のひとつ――コ・チャンソク、キム・ホンパ、チャン・グァンといった味のあるオッサン俳優たちの好演にも注目だ。

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