『君だけが知らない』ソ・ユミン×朝倉加葉子対談 韓国と日本、映画製作を巡る状況は?

 事故で記憶を失った女性スジン(ソ・イェジ)は、ある時から未来を映し出す幻覚を見るようになる。その現象を周囲に訴えるが誰にも信じてもらえず、やがて自身を取り巻く“偽り”に気付き始めた彼女は、真実を求めて奔走する――。10月28日から公開中の韓国映画『君だけが知らない』は、驚愕必至のツイステッド・サスペンススリラーであり、その根底を貫くエモーショナルなドラマに胸打たれる秀作だ。監督・脚本を務めたソ・ユミンは、ホ・ジノ監督の『ハピネス』(2007年)などで脚本を手がけ、本作で念願の長編監督デビューを飾った注目の才人。すでにD.O.(EXO)が主演する次回作も公開待機中である。

 リアルサウンド映画部では、同じくサスペンスとロマンスを融合させた快作『羊とオオカミの恋と殺人』(2019年)などを手がける朝倉加葉子監督と、ソ・ユミン監督のリモート対談を実施。ジャンルムービーの魅力を尊重しつつも越境を目指す両者の作劇、さらに日韓の映画業界で女性監督を取り巻く現状も含め、大いに語っていただいた。(岡本敦史)

スリルと感動を両立させるという難関

(左)ソ・ユミン監督、(右)朝倉加葉子監督

ソ・ユミン:朝倉監督、はじめまして! 今日はこのような機会を設けていただいて、本当に嬉しく思っています。朝倉監督の『羊とオオカミの恋と殺人』はとても面白かったので、お話できるのを楽しみにしていました。

朝倉加葉子(以下、朝倉):本当ですか! ありがとうございます!! 私もソ・ユミン監督の『君だけが知らない』、面白く拝見しました。脚本がとてもよく練られていて、単にツイストの効いたサスペンスというだけでなく、温かいドラマや、出演陣の素晴らしい演技によって、いろいろなジャンルを包括できるような映画になっていると思いました。今日は、この素晴らしい映画をソ・ユミン監督がどのように作られたのかをうかがいたいと思います。

ソ・ユミン:そう言っていただけて嬉しいです!

朝倉:まず、シナリオを書いていくなかで、どのようにして大きなツイストと主人公たちのドラマを組み合わせようと思ったのでしょうか?

ソ・ユミン:その二つの組み合わせについては、実は私もすごく悩みながらシナリオを書いていました。サスペンスというジャンルに忠実な作品として、観客の皆さんに緊張感をもって観ていただきながら、最後には感動を届けられるドラマをいかにして作り上げられるか。そこで今回の作品では、ジャンル映画的な楽しみも届けつつ、主人公たちのエピソードを深みのあるものとして描き、登場人物の感情や心情をしっかりと描こうと考えました。そうすれば観客に興味をもってついてきてもらえるし、最後には感動してもらえるのではないかと。それが本当にうまくいったのかどうか、私の中ではいまだにクエスチョンマークが残っているのですが……。でも、映画をご覧になった方のなかには「感動しました」「涙が出ました」と言ってくださる方もいたので、なんとか目標を達成することはできたのかなと思いました。

朝倉:最後まで観た人がもういちど最初から見直すと、様々な場面で新たな発見ができて、より深い感動を覚えるという構造になっていると思います。こういうシナリオを作るのはとても大変だと思うのですが、執筆にかかった期間や、執筆中のご苦労などがあれば教えてください。

ソ・ユミン:この作品は、前半と後半のつながりが大切だと思ったんです。何かひとつでもボタンを掛け違ってしまうと、それが全体に影響して映画の方向性が変わりかねなかったので、常に頭が痛い状態で脚本を書いていました(笑)。シナリオを書き始めたのは2015年の秋で、その年のうちには初稿を書き上げていました。でも、その初稿と完成した本編を比べると、大枠は同じなのですが、印象はだいぶ違うと思います。なぜなら初稿ができたあと、どうすればもっとスリルを加えられるか、もっと感動してもらえるかと考え、どんどん修正を加えていったからなんです。そして、全体に緊張感を保ちながら、いかにして中盤のどんでん返しを楽しんでもらえるか。その点も重視しながら改稿を重ねました。参考までにお話しすると、スジンが未来を幻視するというくだりは初稿になく、ある「不在の存在」が彼女の前に現れるという展開もありませんでした。そうした部分も含め、常に観客の皆さんが「次はどうなるんだろう?」と考えながら、最後まで観てくれるように考えて、あとから加えていった部分がたくさんあります。

朝倉:なるほど! ぜひ初稿と比べてみたいですね。

ソ・ユミン:私も朝倉監督の『羊とオオカミの恋と殺人』をとても楽しく拝見しながら、どこか似ている部分があるように感じていました。どんなふうにサスペンスの部分とロマンスの部分を組み合わせたんだろう? どのようにシナリオを作られて、どんな苦労をされたのだろう? と思いながら観ていたので、同じような質問をいただいて不思議な感じがしました(笑)。

朝倉:そんなふうに言っていただけて、私も光栄です。『羊とオオカミの恋と殺人』の場合は、大枠は私が作ったあとで、それを脚本家の高橋泉さんにまとめていただくというかたちでした。全体の物語構造や、ソ・ユミン監督がおっしゃった異なるジャンルのバランスみたいなものは、私のほうでもかなり慎重かつ厳密に考えたうえでシナリオ化してもらいました。私自身がどちらも観たかったというか、サスペンスとしても面白く見せたかったし、そこから発生するドラマがどんどん深まっていくプロセスも見せたかった……その気持ちは、私も『君だけが知らない』を観ながら共感する部分でもありました。

関連記事