“サイコ”な女優、渾身の演技を見逃すな “埋もれてしまった“傑作『君だけが知らない』

 何が現実で、何が幻なのかーー。最初から最後まで惑わされる韓国のサスペンス映画『君だけが知らない』が10月28日より公開中だ。

 ある事故に遭って目を覚ましたスジン(ソ・イェジ)は記憶を失い、自分が何者かも分からなくなっていた。夫・ジフン(キム・ガンウ)の献身的なサポートによって少しずつ日常を取り戻すが、幻覚で未来が見えるようになってから何かがおかしい。怪しい隣人や何度も出会う少女、身元不明の変死体など、スジンの周りで不可解な事件が立て続けに起こり、優しすぎる夫にも次第に疑心を抱いていく……。

 メガホンを取ったのは女性監督のソ・ユミン。『八月のクリスマス』『四月の雪』のホ・ジノ監督のもとで長年にわたり助監督や脚本を手掛け、同作で長編デビューを飾った。しかしながら2021年4月に本国で劇場公開される直前、主演を務めるソ・イェジは自身のスキャンダルによりマスコミ試写会に不参加。恋愛説や恋人へのガスライティング(相手を精神的に支配・操作する精神的虐待の一種)疑惑が浮上、憶測による疑惑が次々と飛び出し収集のつかない事態に。主演が決定していたドラマ『アイルランド(原題)』からも降板するなど、活動を自粛せざるを得ない状況となった。本作は幸先の良いスタートとはいかなかったものの、公開時には韓国ボックスオフィスで初登場1位を記録。渦中にあっても注目度が高い作品であることを証明した。

 二転三転する息をのむ展開が続き、あっという間にラストを迎える約100分を今回見逃すわけにはいかない。なぜなら、観賞前の印象がすっかり覆されるからだ。ひとつずつ記憶のピースを埋めていく過程では緊張感がつきまとう。さらには、「スジンに未来が見えるのはどうやって説明する?」「ジフンは善人ではなく悪人なの?」と、ジフンや他の登場人物そしてスジンまで、誰かしらを常に疑い、推理をしている感覚を味わうだろう。クライマックスでは全てが繋がる快感を覚えたと同時に、想像していなかった感情と向き合うことになる。疑心から始まり、深まる恐怖、見えていなかった哀しみ、物語の反転を体感できる本作は、最低限の事前情報だけを入れてリアルタイムで観賞するのがベストの楽しみ方。韓国映画の強みでもある重厚感や先の読めないプロットに翻弄され、終わった後は結末を知った上でもう一度見返したくなる衝動がやってくる。どのシーンも無駄がなく、よそ見厳禁のストーリーをぜひスクリーンで堪能していただきたい。

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