瀬戸康史&千葉雄大が対照的な兄弟に 舞台『世界は笑う』で混沌とした時代に立ち向かう

 舞台での瀬戸といえば、昨年末に上演された主演作『彼女を笑う人がいても』での好演を鮮明に覚えている。同作では「60年安保闘争」の“ある真実”を追う新聞記者の熱き姿を、一人二役で演じていた。しかし今作で演じる彦造は、ほかの誰よりも純粋で心優しい若者。彦造にフォーカスすれば本作は“ロマンス”だが、焦点の当たる範囲を広げれば、やはり本作は“「時代」と「笑い」に翻弄される人々の喜劇”だといえる。瀬戸は映像作品でもポジショニングのセンスが抜群に優れている俳優だが、本作ではそれが顕著だ。繰り返すが、本作は群像劇である。彦造にとって彼の人生の主役は彼自身にほかならないが、瀬戸以外の16名の俳優が演じる各人物にもそれぞれの人生があり、そこでの彦造は脇役(あるいは端役)なのだ。このポジション替えの軽やかさにこそ、瀬戸の技量の高さが表れている。なにせ、演劇界のスタープレーヤー揃いのこの座組である。ある意味、彦造は難役だといえるものだろう。

 そんな瀬戸の弟役が千葉だというのがなんとも頼もしい。二人は同年代であり、そのキャリアにもどこか近いものがある。つまり、同じ時代をここまで駆けてきた二人なのだ。有谷是也は喜劇人だが彦造とは対照的な人物で、我が強い。劇団の先輩たちにも不遜な態度を取り、ときには食ってかかることもある。二幕仕立ての本作において、「笑い」に情熱を燃やす一幕目の彼の姿と、しだいに堕ちていく二幕目の姿はまるで違う。有谷是也は彦造とは違い、自分の人生においても、他者の人生においても、彼自身が主役のような人物だ。先輩俳優陣と観客の視線を浴びるなか、千葉はこれを貫徹してみせている。もちろんこれが実現できるのは、有谷是也の恋人である秋野撫子(伊藤沙莉)や、その兄にして役者仲間である大和錦(勝地涼)らの存在があってのこと。撫子の献身、大和の嫉妬心、そして兄・彦造の純粋さが、有谷是也のキャラクターをさらに強調している。また、伊藤と勝地による兄妹のかけ合いも本作の強みの一つだ。まるで強烈な漫才のようなものが生まれる瞬間が何度かある。演劇界のスタープレーヤーたちの一つひとつの妙演と同じく、本作が生み出す「笑い」に大きな貢献を果たしているのだ。

 本来であれば出演者の一人ひとりに言及していきたいところだが(そうすべきだが)、紙幅の都合上、このへんにしておこうと思う。全体的に“力の入れどころと抜きどころ”がーーつまり緩急が自在な本作は、笑い飛ばせない現実の厳しさと、そんな現実にこそ「笑い」が必要なのだと訴える。冒頭に“混沌とした時代に「笑い」で立ち向かおうという人々の強い意志が感じられる力作”と記したが、これは劇中に描かれているものだけを指しているのではなく、「喜劇」、ひいては「演劇」で世界と対峙する本作そのものに対してもいえることだ。本作は当初予定されていた開幕日より、数日の延期を経て初日を迎えることとなった。筆者が立ち会ったのもこの初日だ。カーテンコール後、退場のアナウンスが流れても拍手が鳴り止まず、“喜劇人”たちは再び舞台上に姿を見せた。こんな“初日体験”は初めて。疫禍や戦争などによる混沌とした現代を生きる観客たちが、本作の持つ「力」を受け止めた証だと肌で感じた。

■公演情報
COCOON PRODUCTION 2022+CUBE 25th PRESENTS,2022『世界は笑う』
8月7日(日)~28日(日)
・東京都 Bunkamura シアターコクーン
9月3日(土)~6日(火)
・京都府 京都劇場
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:瀬戸康史、千葉雄大、勝地涼、伊藤沙莉、大倉孝二、緒川たまき、山内圭哉、マギー、伊勢志摩、廣川三憲、神谷圭介、犬山イヌコ、温水洋一、山西惇、ラサール石井、銀粉蝶、松雪泰子
撮影:細野晋司

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