経験者だからこそ描けるバンドマンの人生 作者が語る『さよなら、バンドアパート』の裏側

――KEYTALKの小野武正さんが川嶋のバンドのメンバーであるシンイチロウ役で出演していますけど、あれは平井さんが声をかけたんですか?

平井:あれはもう、武正と飲んでいるときに「出たらええやん」って言ったら「暇だから出ます」って(笑)。それを誰も止めなかったんです。アーティスト役でちょっと出てくるバンドマンのみんなも「出ません?」って言ったら「出る出る」みたいな感じでした。篠山(浩生)くん(THIRSDAY'S YOUTH)とキンちゃん(カナタタケヒロ/lego big morl)とシノダさん(ヒトリエ)はオフィスで川嶋たちと会うっていうシーンに出てもらったんですけど、僕もその現場にいて。なんか面白かったですね。2013年とか2014年ぐらいってこんな感じの事務所がちょこちょこあった気がするなって。あそこにいた全員が当事者だったんで、面白がってくれました。

――映画を観ていちばん驚いたのが、原作では川嶋と別れたきりのユリやユキナが再び登場してくるところだったんですが。

平井:あれは監督のアイデアなんですけど、そういうところはやっぱり商業映画を作ってる人だなっていう感じがします。僕は全然それは嫌でも何でもないし。メイド喫茶のところも、ダンスのシーンが入ってきたり、警察が突入してきたりして。あれも原作にはなかったんですけど、映画になるならそのほうが面白いなと思います。あとは平原ですね。竹中直人さんがかっこよくて。

――竹中さん演じる平原は2シーンしか出てこないのにすごいインパクトですね(笑)。

平井:実際にはあんなにかっこよくないんだけどなって思ったんですけど(笑)、嬉しかったですね。ライブハウスの楽屋に平原が女性をはべらせて押しかけてくるんですけど、あんなやついないですからね、実際は(笑)。でもそんなにリアリティというのを追求する必要はないかなと思うので。

――だからフィクションなんですけど、同時にすごいドキュメンタリーでもあるわけじゃないですか。あれを書くことで平井さんのなかで過去に対する思いが変わったりもしましたか?

平井:あった気はします。書いているとき、最初はゴールをちゃんと決めてなかったんですけど、ちゃんとしたいな、終わらせたいなって思って。最初に川嶋が詐欺師のやつと「何も面白いことあるかい」って喋っているんだけど、最終的にはその詐欺師とまた喋って「面白かった?」って聞かれて「面白かった」って答えるっていう。見ている現象は変わらないんだけど、観測者のレベル、楽しむ力が上がったから「面白かった」って思えるわけですよね。僕も2015年ぐらいの当時に「今バンドをやっていて面白い?」って聞かれても「面白いことはないな」という回答だった気がするんですけど、今同じことを聞かれたら「面白かった」って言うような気がするんですよね。

――バンドマンという人生を俯瞰で見てある意味面白がっているというか。そういう感じなんでしょうね。

平井:当時は本当にベルトコンベアの弁当のようにバンドをやっていましたからね。ちょうど夏フェスにものすごい人が集まるようになったんで、そこに出るためにリリースしてプロモーションして、フェスに出て、秋にツアーやって、年末ぐらいにワンマンやって、次のリリースの発表をして……そのサイクルをぐるぐる回すわけです。そうするとどんどん目減りしていくというか。それに疲れていましたね。

――その頃に平井さんが作ったQOOLANDの楽曲もjuJoeの楽曲も映画のなかで聞こえてきますね。

平井:あれはもうありがたいなというか、曲ができたのは結構前なのに、今作られた映画の中でずいぶんマッチするんだなっていうのは、なんかすごいことだなと思いましたね。監督が全曲聴いてくれて、そこから選んでくれたんです。

――そういう意味では平井さんがリアルにやってきたことと、フィクションとして書いたことが混ざり合って、しかもそこには一緒に戦ってきたバンドマンもいて。すごく報われた感じもあったんじゃないですか?

平井:それはありましたね。なんか、結婚式みたいなおめでたさ。映画を通して久しぶりに会った友達も多かったですし。

――エンドロールでthe band apartの「Can't remember」が流れてくるのもすごくエモーショナルですね。じつはあれ、新たにレコーディングした音源なんですよね。

平井:そうなんです。あれは監督と新宿の喫茶店で話しているときに「the band apartに主題歌をお願いできないですかね」って言われて「めっちゃいいですね」ってなって。ちょうど本を出しますっていうときに挨拶に行ったんですけど、そこで「『Can't remember』を使っていいですか?」ってお願いしたら「いいけど、録り直してもいい?」って。レコーディングにも立ち会わせてもらって、嬉しかったですね。

――この映画はどんな人に観てほしいですか?

平井:中学生とかに観てほしいですね。中学生が観て何を感じるんだろうなって思います。たまに「今、中学生とか若い子はTikTokでしか音楽聞かないから」とか「ギターソロは飛ばすから」とかいう話を聞かされるんですけど(笑)、僕、自分が中学生のときモーニング娘。も浜崎あゆみも聴かずにレッド・ツェッペリンを聴いていたから。中学生って「今の中学生はこうだから」って言われたらいちばん反発したくなるに決まってるんですよ。だから中学生に見せて別の刺激を与えさせたいですね。クラスの中にいて、「全員敵だ」みたいになっちゃってるやつって絶対いるんで、そういう子が観たら結構救いになる気はします。

■公開情報
『さよなら、バンドアパート』
シネマート新宿ほかにて公開中
出演:清家ゆきち、森田望智、梅田彩佳、松尾潤、小野武正、上村侑、高石あかり、石
橋穂乃香、千原せいじ、阿南健治、大江恵、竹中直人、KEYTALK、cinema staff
原作:平井拓郎『さよなら、バンドアパート』(文芸社)
監督・脚本:宮野ケイジ
プロデューサー:関顕嗣
音楽マネージメント:深水光洋、
NFTプロデューサー:ERIC YN KIM
制作プロダクション:FREBARI
配給・宣伝:MAP
配給協力:ミカタ・エンタテインメント
製作:映画「さよなら、バンドアパート」製作委員会
2021年/日本/シネマスコープ/97分
(c)2021「さよなら、バンドアパート」製作委員会

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