『さよなら、バンドアパート』が描くバンドマンのリアル ほろ苦くも爽快な物語が映す希望

 メジャーバンドとして活躍する川嶋たちのバンドだが、“売れるため”にマネジメント会社との対立が生じるなど、葛藤を抱えるようになっていく。この時の川嶋たちは奇しくも、陰で理不尽な目に遭っていたユキナたちアイドル志望の女性たちと同じような境遇であると言える。それどころか、広い意味で捉えれば、一見奔放で自由に見えたユリが抱えていた苦しみの原因とも、川嶋たちの苦悩は近しいものなのかもしれない。川嶋たちが憧れとして掲げたthe band apartの存在を、プロデューサーらしき男に否定されてしまうシーンが実に象徴的だ。

 苦しみの果てにメンバーともすれ違い、川嶋は孤独へと転がり落ちていく。川嶋の抱える孤独はあまりにリアルだ。そのリアルさは、いちバンドファンである我々にふと問いを投げかける。さっき登場した実在のバンドマンである彼らも、もしかしたら川嶋と同様の苦しみを抱いた経験があるのではないか? と。 川嶋たちのライバル、そしてある種憧れの象徴として登場するcinema staffとKEYTALK。彼らを実在する現実世界のバンドであると認識した途端、川嶋たちの苦しみの解像度がぐっと上がっていく。

 ファンの目に触れているバンドマンの姿は、言わずもがな表舞台で輝いている面だけ
だ。たとえその裏側に目に見えない衝突や搾取のシステム、そして葛藤が存在していた
としても、それに対してリスナーは無力だ。それはまるで、ユキナやユリとの別れを阻
止することができなかった、未熟な頃の川嶋のように。物語の結末は決してわかりやす
いハッピーエンドではないが、しかし不思議と希望を感じられる。

 映画には先のcinema staffやKEYTALKだけでなく、様々な実在するバンドのメンバー
がカメオ出演している。ヒトリエ、LEGO BIG MORL、3markets[ ]、ircle、Halo at 四畳
半……その数総勢22組。これは、原作者であり現役のバンドマンである平井の、ロック
バンドとそれに憧れる人々の夢を讃えるメッセージなのではないか。

 劇中でユリは、「自分の足で立って、歩いて、ご飯を食べて、生きていくんやで」と、しきりに口にする。これは夢や理想を失わず、自立して生きることへの憧れや渇望を表しているようだ。そのために努力し、理想を語る人は魅力的である反面、どうやら滑稽に見えることもあるらしい。実際、売れっ子バンドマンになったはずの川嶋が嘲笑の対象にされてしまうシーンもあるほどだ。音楽は芸術であるが、ポピュラーミュージックであるロックはビジネスでもあり、当然理想を掲げるだけでは糊口を凌ぐことは難しい。しかし、それでもその人の憧れを、理想を語る姿を笑う権利はきっと誰にだってないはずだ。川嶋にとって、そして我々音楽ファンにとっても、ロックバンドは「自分の足で立って、歩いて、ご飯を食べて」いくための連帯であり、希望の象徴であってほしいと思わされた。エンドロールで、まるで祈りのように鳴らされるthe band apartの「Can’t remember」が、ほろ苦くも爽快な物語を高らかに締めくくる。

※高石あかりの「高」は「はしごだか」が正式名称。

■公開情報
『さよなら、バンドアパート』
7月15日(金)シネマート新宿ほか全国公開
出演:清家ゆきち、森田望智、梅田彩佳、松尾潤、小野武正、上村侑、高石あかり、石
橋穂乃香 千原せいじ、阿南健治、大江恵、竹中直人、KEYTALK、cinema staff
原作:平井拓郎『さよなら、バンドアパート』(文芸社)
監督・脚本:宮野ケイジ
プロデューサー:関顕嗣
音楽マネージメント:深水光洋、
NFTプロデューサー:ERIC YN KIM
制作プロダクション:FREBARI
配給・宣伝:MAP
配給協力:ミカタ・エンタテインメント
製作:映画「さよなら、バンドアパート」製作委員会
2021年/日本/シネマスコープ/97分
(c)2021「さよなら、バンドアパート」製作委員会

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