吸血鬼映画としての側面も 『モービウス』が垣間見せた今後のシリーズのさらなる可能性
本作では、船内での惨劇が中盤の見せ場となっている。これは原作コミックで、モービウスが出身国であるギリシャから船でアメリカにやってくるという設定を、アメリカの領海から出ることで法律に反する実験を行うという設定に改変しながら利用したものだ。しかしなぜ、わざわざ映画版でも船を舞台にしなければならなかったのか。
それは吸血鬼の作品において、船が象徴的な意味を持っているからだ。吸血鬼小説の代表といえる、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)では、棺桶に入ったドラキュラ伯爵が貨物船で運ばれてイギリスに漂着し、騒動を起こす。『モービウス』の原作コミックは、おそらくこの古典小説の展開を参考にしているのだろう。
映画版では、さらにこの船の名前が「ムルナウ」であることが示される。これは、サイレント期の巨匠監督F・W・ムルナウと、彼による吸血鬼映画初期の決定的な名作『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)へのオマージュであると考えられる。
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』もまた、ブラム・ストーカー風に、吸血鬼が船によってやってくるという展開を描いている。ムルナウ監督はそこで、ブラム・ストーカーの小説にもともと備わっていた、吸血鬼が吸血鬼を増やしていくという構図に、“伝染病への恐怖”を読み取っている。だからこそこの作品では、かつて伝染病を媒介する原因の一つとなったネズミの群れとともに吸血鬼が上陸するという、象徴的なシーンを用意したのだ。これは『ゴジラ』(1954年)の劇中に、水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」や、「原子マグロ」など、放射能への恐怖の表象が登場したことに近い試みだといえよう。
本作が『吸血鬼ノスフェラトゥ』を参照することから分かるのは、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』と同時に、過去の怪奇映画にリスペクトを捧げる姿勢である。そう考えれば、本作はダークヒーロー作品の体裁をとりながら、同時に吸血鬼映画としても成り立つ作品になっていることが意識できてくる。本作の脚本家マット・サザマ、バーク・シャープレスのコンビは、ドラキュラ伯爵の誕生をダークヒーロー調に描いた歴史アクション『ドラキュラZERO』(2014年)を、すでに手がけている。本作がダークヒーロー映画を吸血鬼映画風にまとめあげているのは、ちょうど『ドラキュラZERO』の裏返しとなっているといえるだろう。
『モービウス』が『ヴェノム』とほぼ何の関係もないアプローチをしている事実を見る限り、「ソニーズ・スパイダーマン・ ユニバース」は、かなりの部分で“ユルい”体制であることが類推できる。それはMCU作品のような、監督たちの個性を活かしながらも、製作を統括しているケヴィン・ファイギによって大筋でコントロールされている状態よりも、現場の作家性が重視されているように感じられるのである。
もちろん、現在のヒーロー映画のブームを決定的なものとしたマーベル・スタジオ作品の成功は、ファイギあってのものだということに間違いはないだろう。彼の主導によって、作品群がシリーズとしての統一性を発揮し、一種の“強度”を生んでいたのは確かだ。
とはいえ、その環境下においては、ワーナー・ブラザースのDCコミックスを原作とした、『ジョーカー』(2019年)や『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(2022年)のように、作家性が突出したものも、また生まれにくいのではないか。とくにこの2作は、拡張性や汎用性というものを、それほど重要視していないからこその“強度”が存在するといえるのである。
安定して良作を提供し続けているマーベル・スタジオ映画と、「失敗作」と言われるものもありながら、驚くような個性的な作品も出てくる、ワーナーのDCコミックス映画。そのような両者の対照的な姿勢と比較すると、「ソニーズ・スパイダーマン・ ユニバース」は、MCUとのリンクがありながらも、スタイルとしては、ややワーナーのDCコミックス映画の方に接近しているのではないだろうか。
だとすれば、今後のクリエイターの選定次第で、さらに個性が突出した作品が生まれるかもしれない。その意味において、本作『モービウス』は、さらなる可能性を垣間見せるとともに、続いていくだろう未来のシリーズ作品に、期待を与えるような一作になったといえるだろう。
■公開情報
『モービウス』
全国公開中
出演:ジャレッド・レト、マット・スミス、アドリア・アルホナ、ジャレッド・ハリス、アル・マドリガル、タイリース・ギブソン
監督:ダニエル・エスピノーサ
脚本:マット・サザマ、バーク・シャープレス
日本語吹替版声優:中村悠一(モービウス)、杉田智和(マイロ)、小林ゆう(マルティーヌ)、楠大典(ストラウド)、田村睦心(少年時代のモービウス)、松本沙羅(少年時代のマイロ)
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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