『恋せぬふたり』が掲示するリアルな幸せへのヒント 岸井ゆきのが下した“解散”という決断
また、千鶴のことを大切に思うからこそしばらく距離を置くことにしたのも、今の咲子らしい選択肢だったように思う。どちらも相手を特別に思う気持ちはあるのに、一緒にいるほど傷つき苦しくなってしまうケース。1人ひとりと、どのような距離で付き合うのが幸せになれるのかという問いには、「これが正解」という絶対的な答えはない。
それは恋愛や友情だけではなく、血の繋がった家族も同じだ。「恋愛として好きになってほしい」「友だちとして仲良くしてほしい」「子としてこうあってほしい」……相手が自分の人生に必要だと思うがゆえに、自分が求める幸せの形に相手を押し込めてしまいそうになることも。そうなるくらいなら、いっそその欲を手放せる距離を取るというのも、お互いに幸せになるために必要なことなのではないだろうか。
そんな切ない「解散」があった夜に、「北海道フェアがあったから」とカニを用意してくれる羽との生活が、今の咲子にとってはかけがえのない幸せの形。カニは食べるのが難しい。黙々と身をほぐさなくてはならないから、言葉数が少なくなったとしても不自然にならない。これは筆者の邪推かもしれないが、本当に北海道フェアがあったのだろうか。もしかしたら咲子が無理に自分語りをせずに済むように、羽なりの優しさなのではないかと。いや、それは考えすぎで、羽が本当にカニが食べたいだけだったとしても、それはそれでまた微笑ましいのだけれど。
それほどに咲子と羽の生活には、自分のやりたいことと、相手のためにやっていることが無理なく重なっているということなのかもしれない。どちらかが自己犠牲をしてまで合わせることもなければ、それを感謝されたいと願うこともない。恋愛感情があるがゆえに混乱しがちなものが、フラットになって見えてくるのも、このドラマならではの視点。
「恋をしたら」「愛しているなら」「普通は」と、様々な言葉が囁かれるけれど、幸せになる方法は決してひとつではない。愛する形、優しさの形が、人それぞれ違うように。自分がどうしたいのか、相手が何をしたいのか。お互いの未来を想う「解散」ならば、それも一つの幸せになる方法なのだと思う。
■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
第1話~第5話、NHK+にて配信中
第6話:2月28日(月)22:45~23:15
第7話:3月14日(月)22:45~23:15
第8話:3月21日(月)22:45~23:15
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK