『鹿の王 ユナと約束の旅』はアニメ史に残る一作に 息を呑むほどの動物表現に注目

 アニメの面白さとは何か。もちろん、その答えを一言で表すことはできない。迫力のある映像、愛すべき少年少女やそれを支える大人たちのキャラクター、胸躍る冒険や心を掴む悲喜劇などもそうだろう。そのアニメの持つ面白さを問い直すような作品が『鹿の王 ユナと約束の旅』にはある。今回はその卓越した作画表現の魅力について迫っていきたい。

 今作は『鹿の王』として上橋菜穂子が2014年に発表した小説を原作とした作品だ。元々の小説はハードカバーで上下巻と文量があり、今作では2時間弱に収めるために物語の流れなどに大きく手を加え再構成されている。監督は『もののけ姫』や『君の名は。』などで作画監督を務めた安藤雅司と、同じくスタジオジブリ出身の宮地昌幸が務めている。

 近年はアニメ作品を褒める際に、アニメの評論家や制作者のみならず、一般の方でもSNSなどで「作画が良い」という言葉が多く使われている印象がある。ただし一部の制作サイドからは「プロが使う“作画”と、一般の方が使う“作画”という言葉の意味が異なっているように感じられる」という意見もある。

 確かにここで示されている「作画」とは、多様な解釈が成り立つ言葉だ。それは映像の迫力を指しているのか、はたまたキャラクターや背景の緻密さなのか、演技のリアル志向を指しているのか、様々な解釈ができる。もちろん、一般の方がただ単に自分が抱いた感動を言葉にする際に「作画が良い」と評しても良い。だが、今作は本当の意味で「作画が良い」作品だということをしっかりと記しておきたい。

 今作のアニメ技術の魅力は、動物たちの動きなどに代表されるように、映像として動いた際に感じられるリアルさや緻密な演技にあるだろう。エンドクレジットによると、安藤雅司が監督に加えて作画監督も1人で担当している。もちろん複数人の作画監督補佐の名前がクレジットされているものの、スタジオジブリ出身ということもあり、安藤のこだわりの詰まったアニメ表現が印象に残る。

 それは動物の動き方を見てもわかり、その動物の骨格から特徴を捉えている。鹿の骨格、オオカミの骨格、イノシシの骨格などを研究し、馬なども含めた4つ足の動物の走り方などもしっかりと特徴を捉え、それをアニメとして表現することによって、本来は紙で描かれたに過ぎない動物たちが、その世界に実際に存在しているかのような実在感を持って観客に伝わってくるのだ。

 アニメを作るアニメとして人気を集めた『SHIROBAKO』の第12話「えくそだす・クリスマス」では、馬の作画で揉めるシーンがある。「馬の群れを見せるならばフレームから足を切る(馬の足の作画をやめて視聴者に見せない)」などのように代替案が提示される。それほどまでに動物が写実的に動き回る作画は難易度が高く、描けるアニメーターが少ないカットでもある。むろん、ここで挙げられた代替案も決して悪いことではなく、限られた人員や技術で作りたいものを見据えた際には、選択肢として当然あるべきものである。

 だが『鹿の王 ユナと約束の旅』では、それらの代替案を決して採用することなく、あえて難しいレイアウトを採用し、重いカットや動きへと挑んでいく。ここで大きく力を発揮したのが、チーフアニメーターの井上俊之だ。井上はオールマイティに何でも描ける日本を代表するアニメーターとしても知られており、上記の『SHIROBAKO』でも馬の作画を手がけている。今作でも四つ足の動物の作画などを含めて、Twitterで「レイアウト400カット以上、原画200カット以上やりました!」とツイートしているように、大きな力を発揮している。

 そういった細かいアニメ表現の数々がこの作品には込められている。例えば馬に乗った2人の人物が会話をするシーンを挙げると、馬が止まった瞬間にピタリと静止することなく、よろけるように横に小さく移動する。ほんの一瞬であるが、その微妙な揺れ方、細かい芝居にはリアル表現として息を呑むほど観客を圧倒する力強さがある。

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