吉沢亮×北村匠海の兄弟の姿に魅せられる『マーキュリー・ファー』 狂乱の世界に響く愛

 観客を煙に巻くようなセリフの応酬が20分以上も続くと先述したが、吉沢と北村のコンビは開幕直後から観客の興味を引いてやまない。物語がどう転んでいくのか分からない、私たちの感情を宙吊りにする台本や、陰りを生み出す照明の効果はもちろん大きいが、やはりこの組み合わせだからこそだろう。劇中では(ほぼ)BGMは使用されず、ときおり環境音が聞こえてくるのみ。しかし、窓外の光景が浮かんでくる気がするほどに彼らの会話に惹き込まれる。初演時には高橋一生と瀬戸康史がこの兄弟を演じたというが、やはり名実ともにトップの俳優コンビでなければ成立しないことが分かるのだ。

 さて、このコンビを囲み、物語を大きく展開させていくのが、加治将樹らの存在である。パーティの準備に紛れ込んだナズを演じる小日向星一は、舞台上をところ狭しと駆け回り、物語をかき回す。加治が抜群の貫禄と安定感で演じるスピンクスとともに、本作のキーパーソン的ポジションを担っている。スピンクスはパーティの主催者というよりも“首謀者”であり、ナズは彼にとって招かれざる客だ。そしてこの物語の良心ともいえるのが、宮崎秋人演じるローラ。エリオットの恋人でもあるローラの優しさが、物語の悲劇性を強めている。さらに、山崎光がパーティプレゼントを、水橋研二がパーティゲストを、大空ゆうひがお姫さまを演じる。“パーティプレゼントを人間が演じる”という時点で、本作の描く「パーティ」が異常なものであるのは明らか。となれば、パーティゲストなる存在に至っては狂っているに違いない……あまり彼らのことについて言及すると重大なネタバレに抵触してしまうため、これ以上の記述は控えておきたい。

 先に「狂っている」という言葉を記したが、この物語が描く世界はたしかに狂っている。人々は幻覚をもたらす「バタフライ」の快楽で、正気を麻痺させて生きているのだ。そうでもしなければ、“生きていられない”のである。混沌とした物語世界は、不安に苛まれる私たちのいまの現実を反映しているようであり、なおかつこれは国や地域を問うものではない。私たちも「バタフライ」のような、現実から逃避させてくれる何かをつねに欲しているのではないだろうか。2005年にイギリスで生まれた作品が、2022年の日本の現状とも重なり合った。本作に対して「あまりに救いがない」と思うのと同時に、筆者は美しさも感じる。それは本作が「愛」についての物語だからである。

 物語の冒頭で、エリオットとダレンの兄弟は「ものすごく愛してる」という言葉を交わし合う。何気ないやり取りから生まれるものだが、これがこの作品の核だ。彼らの言葉とやり取りに、次のようなものがある。

「ものすごく愛してる だからお前を追いかける」
「ものすごく愛してる だからお前をこの手で殺す」

 そうして二人は抱きしめ合う。

 この不条理で狂乱に満ちた世界で生きていくのは辛すぎる。私たちの前に横たわる現実も同じだ。愛しているからこそ、この世界から早く解放し、生きていく(生きなければならない)苦しみを減らそうとする。もちろん、こんな理屈はこの社会では通用しない。しかし、事実そうなのだ。愛する者が残酷な現実を生きていかなければならないというのは辛すぎる。極限状態に追い込まれた人間を責めることなどできはしない。そうした誰もが絶望する世界でダレンは叫ぶ。“生”と“愛”を渇望する兄弟の姿に、あなたは何を見出すだろうか。本作は不条理な世界に立ち向かおうとする、過激でグロテスクで誠実な演劇作品である。これから、長野、新潟、兵庫、福岡にて上映される。

※山崎光の「崎」は「たつさき」が正式表記。

■公演情報
『マーキュリー・ファー Mercury Fur』
日程:1月28日(金)~2月16日(水)
会場:世田谷パブリックシアター
作:フィリップ・リドリー
演出:白井晃
翻訳:小宮山智津子
出演:吉沢亮、北村匠海、加治将樹、宮崎秋人、小日向星一、山崎光、水橋研二、大空ゆうひ
公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/202201mercuryfur.html

・長野公演
日時:2月19日(土)18:00/2月20日(日)13:00
会場:まつもと市民芸術館 主ホール

・新潟公演
日時:2月23日(水・祝)13:00
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場

・兵庫(西宮)公演
日時:2月26日(土)12:00/26日(土)17:00/27日(日)12:00/27日(日)17:00
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

・兵庫(神戸)公演
日時:3月2日(水)13:00
会場:神戸文化ホール 中ホール

・愛知公演
日時:3月5日(土)12:00/5日(土)17:00/6日(日)13:00
会場:刈谷市総合文化センター 大ホール

・福岡公演
日時:3月10日(木)18:30/11日(金)13:00
会場:福岡市民会館・大ホール

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