『リコリス・ピザ』でのタッグは運命的だった? PTAとHAIMの関係と止まらぬ“歩み”

 1973年、ロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーを舞台に、若手俳優として活躍する男子高校生(クーパー・ホフマン)が10歳年上の女性(アラナ・ハイム)に恋をする模様を描いた本作。アンダーソンは物語の原石を、実際に自分がターザーナに引っ越してきた頃、家の近所で見た光景の中に発見したという。近くの中学に通う男子中学生が、会社勤めのOL女性をしつこくナンパしていたのだ。「もし、彼が本当に彼女から電話番号をゲットできていたら」と想像したアンダーソン。その後、HAIMとの創作活動を通して「物語がいくつも浮かんでくる」と刺激を受けたと話す彼は、特にアラナに触発されたようだ。映画の宣伝で『The Tonight Show』に登場したアラナはそこで、彼が脚本を彼女に向けて書いたことを明かしており、「それってクレイジーじゃない?」と笑っていた。

Alana Haim Drove Bradley Cooper Around in a Malfunctioning '70s Stick-Shift Van | The Tonight Show

 しかし、『リコリス・ピザ』はそのタイトルが69年から80年代にかけてカリフォルニア南部で展開されていたレコードチェーン店の名前から取られたように、非常に音楽に密接した映画である。それと同時に主人公のゲイリー・ヴァレンタインがゲイリー・ゴーツマンをモデルにしたキャラであったり、ウィリアム・ホールデンをモデルにしたキャラ、そして当時の映画界を賑わせていたプロデューサー、ジョン・ピーターズが登場したりと、ハリウッドとの関係性も深い作品だ。ある意味、1969年のロスを舞台にしたクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に近いものがあるかもしれない。余談ではあるが、アンダーソンは先述の『「Summer Girl」のMV内に、タランティーノが2007年から所有する映画館ニュー・ビバリー・シネマを登場させている(ダニエルが切符のもぎりになるシーン)。

 実は本作の主人公になったゲイリー・ゴーツマンもまた、アンダーソンやアラナと同じ街の出身で、彼がある日アンダーソンに話した若き日の自分と年上女性の物語も本作の制作につながっている。監督は本作に「僕の人生や過ごした時間、幼少期が詰まっている」と話しているが、そこにはHAIMの人生も詰まっている。なぜなら、劇中にはアラナの2人の姉はもちろん、両親も登場するからだ。加えて、アラナ演じるアラナ・ケインが実家で家族と激しく口論するシーンは、実際に彼女たちの実家で撮影されている。監督は単独で撮る時と違い、家族と一緒にいると無条件で「末っ子」の役になってしまうアラナの一面を楽しみながらカメラに収めたと話していた。元先生の娘、そして家族や同じ街出身の俳優と、完全に地元仲間で撮った作品とも言える『リコリス・ピザ』。内容は年齢差のある男女の痛々しい恋愛を映したもので、機能不全になった家族や破滅的な恋をこれまで描いてきたアンダーソンらしい作品とも言える。しかし、そこには音楽の面でも、ロスという街を舞台にした意味でも、そして語るべき物語を生み出し続ける魅力という意味でも、HAIMの存在なくしては生まれなかった映画なのだ。

LICORICE PIZZA | Official Trailer | MGM Studios

 本作でスクリーンデビューを果たしたアラナは、早速ゴールデングローブ賞の主演女優賞をはじめとする各賞でノミネートされ、その演技が業界で高く評価されている。彼女の女優としての顔も含め、アンダーソンとHAIMたちの“歩み”は今後さらに加速していくだろう。

■公開情報
『リコリス・ピザ』
2022年公開
監督・脚本・撮影:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
配給:ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画
(c)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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