ケン・ローチの長編デビュー作『夜空に星のあるように』に刻まれた驚くべき現代性

 イギリスの社会派映画監督、ケン・ローチの長編デビュー作『夜空に星のあるように』(1967年)がリバイバル上映されることとなった。イギリスの労働者階級、貧困層を通じて、新自由主義や格差、移民問題など、持たざる者の苦しみを描いてきた彼のスタート地点をあらためて振り返る、興味ぶかい作品だ。いまこの2021年に、ケン・ローチの長編デビュー作品は観客にどのように受け取られるのだろうか。多作で知られる彼は、80代のいまも活発に映画制作を続けており、アイルランド独立戦争を描いた『麦の穂を揺らす風』(2006年)や、イギリスの福祉制度を批判した『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)といった作品でパルム・ドールを受賞した経歴もある人気監督だ。イギリスの良心として、多くの映画ファンの心をつかんでいる。

 『夜空に星のあるように』の主人公ジョイ(キャロル・ホワイト)は、18歳で結婚し、子どもを産んだ若き母親。夫のトム(ジョン・ビンドン)は子育てに無関心なばかりか、ジョイに暴力を振るう手のつけられない男だった。やがて犯罪に手を染め、刑務所へ入ったトム。貧困と暴力、犯罪の悪循環から抜け出せないジョイは、それでも息子を育てながら必死に生きていくが……というのが、本作の大まかなあらすじとなる。イギリスの貧困層に着目したカメラは、粗末な住居や町並み、彼らが通うパブといった場所をいきいきと映し出している。作り物ではない庶民のリアルな暮らしが伝わる撮影が印象的だ。当時のイギリスはこのような場所だったのかと新鮮な発見も多く、1967年のイギリスを切り取った記録映画のような雰囲気も楽しめる。

 本作でまず観客が感じるのは、主人公女性に寄り添うフェミニズムの視点であろう。女性が暴力を受けたり、男性から侮辱されたり、ひとりで育児をするといった場面には、若きケン・ローチのフェミニズムへの意識が感じられる。1967年といえば、現代と比べてDVに対する問題意識が低く、「大したことはない」と考えられていた時代だ。そうした時代に作られた作品が、50年以上経って大きく変化した現代のジェンダー観で鑑賞しても、何の違和感もないどころか、身近な共感を観客にもたらすのは驚くべきことではないだろうか。ケン・ローチの「弱い者に寄り添う姿勢」には前々から敬意を感じていたが、それはデビュー作の時点から変わっていなかった。また劇中、子育てに協力する気など全くない夫が、主人公に向かって「俺は子守じゃない」と開き直る場面など、子育てに苦しむ現代の女性が感じるストレスが表現されており印象的であった。

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