『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』のエモさの裏にある、エモくなさ
“最終的に宇宙に到達した”コルトレーンの人生
では精神性を脇に置き、コルトレーンの演奏が現在の意味で「スピリチュアル」になったのはいつだろう。映画によれば、彼が霊的に開眼したとされるのは1957年のドラッグとの決別時である。だが音楽が「スピリチュアル」なものになるのは、ほぼほぼ1959年と言っていい。それは劇中で音楽史家のアシュリー・カーンが指摘する、コルトレーンがマイルスの「カインド・オブ・ブルー」の2度に渡るレコーディングに参加し、合間に「ジャイアント・ステップス」を録音した期間である。
「ジャイアント・ステップス」と「カインド・オブ・ブルー」はともにジャズ史に輝く大名盤だが、両者の意味合いは相反する。再び乱暴に書くと、前者は伝統的な「コード」による考え方をさらに推し進めた「コルトレーン・チェンジ」と呼ばれる方法論などの実践、後者は以後のファンクに繋がる「モード」という新たなコンセプトの提示だった。
この時期、モダンジャズの大きな鉱脈のひとつであった和声進行の細分化は、ひとまずの行き詰まりを迎えており、文字通り「ジャイアント・ステップス」で突破したとて限界は見えていた。そんな中でコルトレーンはコードが進行せず、広いスペースを持つモードに未来を見出したのだ。そこには今までの和声感覚はもちろん、違う音楽的なフィーリングも込めることができる。
劇中でウェイン・ショーターが証言するコルトレーンの告白「(マイルスのグループでは)自分が間違っている様に聴こえる(からバンドを抜ける)」は、この自由度のゆえだろう。この白いキャンバス上に「呪術的」とも評されるスタイリッシュでクールな方向性を描いたマイルスに対し、コルトレーンは緻密でエモーショナルな表現を入力した。あのスタイルで演奏したらマイルスのバンドで浮くに決まっている。
こうしてモードの方法論に目覚めたコルトレーンは、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズと結成した黄金カルテットで、およそ30年後の未来において「スピリチュアル・ジャズ」と呼ばれる音楽の基盤を作り上げた。その結実のひとつが『至上の愛』なのである。1959年はジャズ史にとって多くの可能性が生まれた特異点だが、コルトレーンの「スピリチュアル」性をエモく語る本作でも重要なハイライトだと言えるだろう。
それを念頭に置いて『チェイシング・トレーン』を観終えると、サウンドトラックが最終的に物語的な時系列とズレていることに気付くはずだ。本作はコルトレーンの最晩年のアルバム『インターステラー・スペース』(1967年)収録の「サターン」と「マーズ」に始まり、『ブルー・トレイン』(1957年)の表題曲でクロージングする。つまり「最終的に宇宙に到達した」とさえ言われる彼の人生をエモく追いながらも、音楽的には宇宙船から電車に乗せる構造なのである。この「エモくなさ」にも注目して本作を観てほしい。
■公開情報
『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』
12月3日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開
出演:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ウェイン・ショーター、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース、レジー・ワークマン、ウィントン・マルサリス、カマシ・ワシントン、カルロス・サンタナ、コモン、ジョン・デンスモア(ザ・ドアーズ)、ビル・クリントン、藤岡靖洋、デンゼル・ワシントン(コルトレーンの声)ほか
監督:ジョン・シャインフェルド
配給:Eastworld Entertainment/カルチャヴィル
2016年/アメリカ/99分/原題:THE JOHN COLTRANE documentary/CHASING TRANE/日本語字幕:落合寿和
(c)MMXVII Morling Manor Music Corp. and Jowcol Music, LLC.
公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/john-coltrane-chasing-trane/