『彼女が好きなものは』が取り入れた新たなアプローチ ドラマ版とは異なる後味に

 著者である浅原ナオト曰く、この小説は「『好きな相手が同性でもいいと思うよ』では片づかない複雑な内面を書いた物語」であるという。そう、この「世界」は、とかく複雑にできている。劇中で純が言うように、この「世界」は単純ではないのだ。けれども人間は、自分が理解できるように、世界を簡単にしてわかったことにしようとする。「AであってBではない」――そうやって、ひとつひとつの物事を簡略化して判断しながら、人はこの「世界」をわかったつもりになろうとするのだ。けれども、「AであってBである」ことは本当にないのだろうか? たとえそれが、イコールでは結ばれないとしても、「AであってBである」ことは、この「世界」において、ままあり得ることなのではないだろうか。

 繰り返しになるけれど、とかく「世界」は複雑にできている。僕やあなたの「感情」が、他の人が思うほどには、単純ではないように。そう、ドラマ版のアプローチが、「わかったつもりにならない」こと、そして「それでも、寄り添うことはできる」にあったのに対し(それは非当事者としての「まなざし」、すなわち「紗枝」に寄った目線だったのだろう)、今回の映画版では、そこからさらに一歩踏み込んで――否、むしろ、一歩下がった場所から2人の関係性を、俯瞰的な「まなざし」のもと描き出すことによって、原作小説が内包していたもうひとつのテーマを抽出しようとしたのではないだろうか。「僕が好きなものは……」――本作のタイトルを受けて、純が最後、紗枝に対して決定的な言葉を投げかけたあと、彼はこう続けるのだった。「生身の人間には初めての恋だった?」。それを受けて、はにかみながら彼女はこう応える。「ちげーし。うぬぼれんな」。多分、彼女は嘘をついている。

 もう一点、今回の映画が原作小説やドラマと異なる点として、紗枝が描いた「絵」のタイトルが挙げられるだろう。些細ではあるけれど、ここに重要な変更がなされているのだ。エンドロールが終わったあと、ひっそりと映し出される紗枝が純の姿を描いた「絵」。そのタイトルを、どうか見逃さないでほしい。そこに本作のもうひとつのテーマがあるのだから。多くの人が少なからず経験し、たとえそれが成就しようとしまいと、淡い記憶と共にいつまでも、その人の心の奥底に残り続けるもの。その意味を察したときに、この映画はよりいっそう「あなた」にとって身近なものとなるだろう。

■公開情報
『彼女が好きなものは』
12月3日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
出演:神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦りょう太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼
監督・脚本:草野翔吾
原作:浅原ナオト『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(角川文庫刊)
エグゼクティブプロデューサー:成宏基
プロデューサー:前原美野里、宮本綾
音楽:ゲイリー芦屋
企画協力:KADOKAWA
企画・制作・プロデュース:アニモプロデュース
配給:バンダイナムコアーツ、アニモプロデュース
製作:「彼女が好きなものは」製作委員会
2021年/日本/121分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/デジタル/PG12
(c)2021「彼女が好きなものは」製作委員会
公式サイト: https://kanosuki.jp

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