宇野維正×森直人、ウォン・カーウァイを語る MCUから『ムーンライト』にまで与えた影響

宇野維正×森直人、ウォン・カーウァイを語る

アジアンカルチャー盛況の発端に

『恋する惑星』(c)1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

――ちょっと先ほどの話に戻しますけど、90年代の後半の日本におけるカーウァイ・ブームって、シネフィル文脈ではなく、どちらかと言うとポップカルチャー文脈でしたよね?

宇野:それこそ、ミニシアターブームだよね。

森:そうですね。プレノン・アッシュの好調と重なっていた。今はもう無いですけど、カーウァイ映画の配給で、プレノン・アッシュは瞬く間に大きくなっていって、単館系の配給会社では、いちばん強いぐらいの存在になっていったじゃないですか。それこそ当時、表参道に「シネシティ香港」っていう香港映画のグッズを扱うショップをやっていたり、当時の勢いはすごかった。

宇野:そうだね。

森:そのちょっと前に、ホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督の「台湾ニューシネマ」が、日本の映画好きのあいだでは流行るんだけど、あれはあくまでもシネフィル文脈であって、ポップカルチャー文脈ではないんですよね。そういう中で、香港から突如カーウァイが出てきた。それこそ、川勝正幸さんが反応したりもしましたよね。

ーーシネフィル文脈よりも、むしろ当時の「渋谷系カルチャー」との親和性が高かったような気がします。

宇野:一応言っておくと、そういう渋谷系カルチャー的な消費に関して自分は一貫して批判的なんだけど、そのポイントは認めざるを得ないね。これはこの間のヴェンダースの話とも被るけれど、結局、80年代後半から90年代にかけての日本のミニシアターブームは、ヴェンダースやジャームッシュを、ある種“オシャレなもの”として消費していったわけじゃない? もちろん、2人の映画にそういう要素もあるけど、本質的にはそうじゃない。

森:そうそう(笑)

『恋する惑星』(c)1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

宇野:そこに、本当にオシャレなものがやってきてしまったというか、映画をオシャレに消費するっていう日本のミニシアターカルチャーのコンセプトみたいなものに、ピッタリ合う作品が、突如香港から現れてしまった。カーウァイの人気ってそういう流れだったと思うんだよね。

森:そうかもしれない。

宇野:だから、その映画的な評価っていうのは、当時から定まっていなかったし、それから25年経った今もそう。にもかかわらず、次の世代に影響が出てきている。その奇妙さも含めて、稀有な現象としてあったということだよね。

『恋する惑星』(c)1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

――確かに、そうかもしれないです。

宇野:だからこそ、あそこまで広がっていったんだろうし、それこそ『恋する惑星』でフェイ・ウォンが歌う主題歌が、クランベリーズのカバーだってことも、当時からほとんど認知されないまま消費されていった。

森:元ネタを知らなくても全然大丈夫っていうのも、ちょっと渋谷系っぽいですよね(笑)。

宇野:そもそも今、これだけK-POPが流行っている状況で、今の若い人たちに言っても全然わかんないと思うけど、アジアのポップカルチャーがオシャレだっていう価値観は、カーウァイの頃までほとんど無かったからね。

『ブエノスアイレス』(c)1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

森:そうですよね。その前の香港映画と言ったら、ジャッキー・チェンだったわけで……あと、マイケル・ホイとか(笑)。

宇野:日本人が他のアジアの文化圏に憧れる、という今に至るまでの流れを最初に作ったっていうのは、すごく画期的だよね。

森:そうですよね。それまでの日本のアジアンカルチャーへの視線は、皮肉の意味で、“リトルアメリカ”みたいなところがあったと思うけど、カーウァイがそれをひっくり返した。しかも、それが日本だけではなく、ある種の世界性を帯びていったっていうのは、本当に大きいことだと思います。

宇野:もちろん、当時の香港は、アジアとはいえ、かなり西洋の文化が入っていたというのもあると思う。一応90年代に、香港にもソウルにも行ってるけど、当時のソウルなんて、オシャレのオの字も無かったからね。だけど、香港には白人がいっぱいいて、お金持ちもたくさんいた。まあ、すごい格差社会ではあったけれど。

『恋する惑星』(c)1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

ーー『恋する惑星』の舞台となったチョンキンマンション(重慶大厦)が、富裕層ではなく下層階級が暮らす場所だったっていうのも、大きいんじゃないですか?

森:そうですね。「ストリート」ではあるんだけどオシャレだっていう価値観の転覆も、カーウァイ作品にはあったかもしれない。映画の中でフェイ・ウォンが働いている店だって、別に高い店ではないし。

宇野:そこも新しかったよね。『恋する惑星』でフェイ・ウォンが演じているのは、あくまでも都会で暮らす庶民の女の子だし、作品もストリートの生活を描いている。

森:それを言ったら、カーウァイの映画って、当時「村上春樹っぽい」みたいな言われ方もしていて……。

宇野:えっ、村上春樹っぽいとは、全然思わないけど?

森:いや、宇野さんがそう言うのはわかりますけど(笑)、当時よく言われていたんですよね。ポストモダニズムの流れがあって、消費社会の空気感、都会の生活者たちの孤独を描いているところが、村上春樹との共通点として上がっていました。

『恋する惑星』(c)1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

ーー『風の歌を聴け』など初期の村上春樹に通じるものは、確かにあるような気がします。

森:そうそう。

宇野:まあ、それはそうかもね。村上春樹も、当時の香港とかでは、オシャレなものとして若者のあいだで読まれていたんだろうし。そういうある種のムードは、確かに繋がっているのかもしれない。

森:さっき言ったアジアンカルチャー、アジアンクールの先駆者と言ったらその時期の村上春樹もそうですし。そういう意味では、カーウァイと村上春樹は、世代こそ違うけど、結構近いところにいたのかもしれないですよね。

宇野:いわゆる世界的な文壇からの評価が定まっていないところだったり、すごく高く評価している人がいる一方で、「あいつは認めん」みたいな人も多いというのも似ているね。

森:あと、選曲のセンスも、ちょっと似ている気がするんですよね。『恋する惑星』で、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」を使ったり、『ブエノスアイレス』で、カエターノ・ヴェローゾとアストル・ピアソラの曲を使ったりするあたりも。いまもアジアの監督は自国産の音楽を使ったりすることが多いけど、カーウァイはナチュラルに「外」を向いていて、しかも意味と気分のバランスを絶妙に取った巧い選曲をする。国際性を獲得しやすいのはそういった趣向も大きいでしょうね。文学もラテン趣味が強くて、マヌエル・プイグの小説とかの影響が大きい。

宇野:そうだね。まあ、中南米趣味は、春樹じゃなくて、どっちかと言えば、村上龍のほうだけどね(笑)。

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■配信情報
「エッセンシャル:ウォン・カーウァイ」

『恋する惑星』
ザ・シネマメンバーズにて、8月1日(日)より配信

『天使の涙』
ザ・シネマメンバーズにて、8月8日(日)より配信

『ブエノスアイレス』
ザ・シネマメンバーズにて、8月15日(日)より配信

『花様年華』
ザ・シネマメンバーズにて、8月22日(日)より配信

公式サイト:https://members.thecinema.jp/

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