町田啓太の土方歳三は時代劇史に刻まれる 歴史の“名場面”を飛ばす『青天を衝け』の斬新さ
町田は、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京ほか)の黒沢役以降、そのあまりの別人ぶりに驚かされた『今際の国のアリス』(Netflix)のカルベ役、『西荻窪三ツ星洋酒堂』(MBS)の心優しきバーテンダーやSPドラマ『嘘から始まる恋』(日本テレビ系)で見せた完璧でちょっと癖の強いイケメン役と、1年経たない間に様々な顔を見せてきた。だが何より、1話のうちにその役柄の過去現在、さらにはその先にある未来までも凝縮して見せたかのような、この第20回の土方歳三役は、一際その力量を思わせるものであった。
謀反人の捕縛の命を請け負った篤太夫と、篤太夫の護衛につくことになった土方ら新選組。まず光っていたのは、篤太夫の窮地を救った土方に対して素直に礼が言えない篤太夫と、土方の軽妙なやり取りである。「結局働かせていただくことになりましたな」「うん、ただ、もうちっと早くくるかと思ったぞ」から始まるやり取りは、さながらバディものの刑事ドラマの最強バディ結成を予感させる1話終盤といった感じで、恐らく1回限りの結成になりそうなことがもったいないくらいの息の合い様である。なぜこの一見正反対の2人はこんなにも息が合うのだろうと不思議に思っていると、共に元は武州の百姓だったことが判明する。
その後、互いの信念と現状を打ち明け合った2人。「日の本のために潔く命を捨てるその日」に向かって、つまりは「死」に向かってひたすら前を向いて生きている土方とは対照的に、思うようにいかない八方塞がりの状況に、当惑してばかりの篤太夫。でも、その「迷ったり悩んだりする」ということは、彼がそれだけ「生きる」ことに対して執着しているということでもある。
何事もうまくいかないことばかりの日々に対してヤケになり、ついネガティブな感情ばかりが渦巻いていた篤太夫は、土方の言葉から「前を向く」という言葉を切り取り、自分の心に刻んだ。一方の土方はそんな生命力に溢れた篤太夫を見て、近年は頭に浮かぶことすらなかったのだろう「生きる」という言葉が、ふと口をついて出たのであった。
土方と篤太夫、つかの間の“バディ”のやり取りは、多摩と岡部、共に武州から始まった男たちを、初心に立ち返らせた。互いにとって激動の日々が待ち受ける一歩手前の第20回、分岐点で出会い、共に自身のこれまでとこれからに思いを馳せた2人の人生はこの先どう動いていくのか。その後の土方と成一郎(高良健吾)が一瞬交わしたやり取りもまた、今後を予感させるものに見えなくもない。
篤太夫の胸が、彼自身はまだ知らない、これから彼の身に起こる一大転機を期待してぐるぐるしているように、観ているこちらの心の中も今後の期待で「ぐるぐる」している。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。Twitter
■放送情報
大河ドラマ『青天を衝け』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送
BSプレミアムにて、毎週日曜18:00~放送
BS4Kにて、毎週日曜9:00~放送
出演:吉沢亮、小林薫、和久井映見、村川絵梨、藤野涼子、高良健吾、成海璃子、田辺誠一、満島真之介、岡田健史、橋本愛、平泉成、朝加真由美、竹中直人、渡辺いっけい、津田寛治、草なぎ剛、堤真一、木村佳乃、平田満、玉木宏ほか
作:大森美香
制作統括:菓子浩、福岡利武
演出:黒崎博、村橋直樹、渡辺哲也、田中健二
音楽:佐藤直紀
プロデューサー:板垣麻衣子
広報プロデューサー:藤原敬久
写真提供=NHK