中川大志の勇姿が心に残る 純度の高いヒーロー映画『砕け散るところを見せてあげる』

 こうして“ヒーロー映画”は幕を開けるのだ。中川が演じる清澄のひたむきさに胸を打たれ、石井が演じる玻璃の、少しずつ心を開いて前向きになっていく姿は多くの観客が微笑ましく見つめてしまうことだろう。ふたりきりのシーンは少しばかり冗長的にも感じるのだが、ある個人が他者の存在を認め、関わり合いを持とうとするにはとうぜんながら時間が必要だ。それは“三歩進んで二歩下がる”といった具合にヤキモキしてしまう瞬間の連続かもしれないが、ここを目撃しなくては、私たちは彼らに近づくことができないように思う。ヒーローと悲劇のヒロインの距離が縮まっていくさまを目にするからこそ、そしてじっくりとその時間をともにするからこそ、彼らへの思いは深まり、この“思い”が、その後の展開に影響してくるのだ。

 主演ふたりの掛け合いも絶妙である。中川は平凡だけれど玻璃にとっては頼りになる“私だけのヒーロー”を演じており、石井は周囲の者たちは誰も気づいていない玻璃の魅力を、ふいに見せる笑顔にのせている。ふたりが互いに見せ合う素顔を私たちも知ることが、ここでは重要なのだ。


 さて、そんな本作には大きなギミックがあるのだが、そこに触れるのはやめにしておきたい。ただいえるのは、玻璃には大きな秘密があり、それが明かされていく過程にこそ、清澄が本当のヒーローだと呼ぶにふさわしい理由が見えてくるということだ。さらにここで、タイトルの持つインパクトがいまいちど胸に迫ってくるだろう。清澄と玻璃が交流を重ねるうちに、救う/救われるという関係性は変化していく。“行為”はやがて“好意”へと変化するのだ。

 しかしヒーローとはいえ、清澄はただの高校生だ。玻璃と関わることになった理由について彼は、「好きだったから」とだけ口にする。清澄は一般的な“ヒーロー”らしく世界を救ったりするわけではない。けれども彼を見ていると、誰かたったひとりのために身を挺する姿勢は、やがてより大きなものを救うことにつながるのではないかと思える。その姿が、冒頭の息子のシーンへと結びついてくるのである。特定の“誰か”のために芽生えた小さな正義感は、いつしかその外側にいる他者へとも向かっていくようになるのだ。ひとりの少年がつくりあげるヒーロー像は、劇場を後にしてもずっと心に残るだろう。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■公開情報
『砕け散るところを見せてあげる』
新宿ピカデリー、イオンシネマほかにて公開中
出演 :中川大志、石井杏奈、井之脇海、清原果耶、松井愛莉、北村匠海、矢田亜希子、木野花、原田知世、堤真一
監督 :SABU
原作 :竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』(新潮文庫nex刊)
主題歌:琉衣「Day dream ~白昼夢~」(LDH Records)
配給:イオンエンターテイメント
PG12指定
(c)2020 映画「砕け散るところを見せてあげる」製作委員会
公式サイト:https://kudakechiru.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/kudake_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/kudake_movie

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