『シン・エヴァンゲリオン』は庵野秀明自身との決別だった 『プロフェッショナル』を観て

 番組はほどなくして、ある異様な光景を映し出す。スタジオに組まれた簡易的なセットの中で芝居をする全身タイツ姿の役者たちと、それをさまざまな角度から撮影するスタッフたちの姿。「モーションキャプチャー」(俳優の芝居をデータとして取り込み、アニメーション制作に活用する技術)の撮影現場だ。その目的は、その後実際に描かれるキャラクターたちの動きを自然なものにするためである以上に、そのシーンの「面白い」アングルを探るためであるという。「ここにカメラを持ってきたら、こんな面白い画になるんだ」……素朴な感想を漏らしながら、撮影された映像をチェックしていた庵野監督は言う。「アングルと編集がよければ、アニメーションって止めでも大丈夫なんですよ」と。そうなのか。いずれにせよ「アングル」に対する執拗なこだわり――それは『エヴァ』シリーズはもちろん、初の実写監督作となった『ラブ&ポップ』(1998年)や『式日』(2000年)にも顕著に表れている、庵野監督の「作家性」のひとつと言えるだろう。

 「やっぱり頭の中で作ると、その人の脳の中にある世界で終わっちゃうんですよ」「自分の外にあるもので表現をしたい」「肥大化したエゴに対するアンチテーゼかもしれない」「アニメーションってエゴの塊だから」……密着取材に慣れてきたのか、カメラに向かって饒舌に語り始める庵野監督。しかし、当初自分では撮らないと言っていた庵野監督が、自らスマホを手にアングルを探し始めたシーンのあと、鶴巻監督のこんなコメントが挿入されるのだった。「いったんは人に任せてみようと庵野さんはいつも思ってる」「なのにそうならない」「最終的には庵野さんが全部塗りつぶしていく」。

 その後、NHKのカメラは、会議の場において現場スタッフを震撼させた庵野監督のある発言の模様を映し出す。「あまりうまくいってないなら、Aパートごと書き直そうかな」「要するに、僕の台本が全然できてないっていうのが、これでよく分かった」。そう、それまで9カ月にわたって作業してきた映画の冒頭4分の1(Aパート)の脚本を、ゼロから書き直そうというのだ。そして、庵野は脚本を書き直すため、数カ月のあいだカメラの前から姿を消してしまうのだった。

 その光景を目の当たりにした番組スタッフは、そんな庵野監督の姿の中に「自分の命より、作品」という、庵野監督ならではの「流儀」を見出していく。「作品至上主義っていうんですかね」「僕が中心にいるわけじゃなくて中心にいるのは作品なので」「自分の命と作品を天秤にかけたら作品の方が上なんですよ」「自分がこれで死んでもいいから作品を上げたいっていうのはある」。それを裏付けるように重ねられる庵野監督の言葉。そこから番組は、そんなふうにクリエイターとしてある種「苛烈」とも言える「やり方」を貫き通す庵野監督のルーツを探るべく、彼の「生い立ち」と「キャリア」を振り返っていくのだった。

 事故で左足を失い、ずっと「世の中を憎んでいた」という庵野監督の父親。欠けているものに対する興味と愛。全力を注ぎ過ぎたため、次第に制作が追いつかなくなっていった『エヴァ』のテレビシリーズと、そこから始まるファンの脅迫めいた文言。「旧劇版」の制作後、心を病んでしまった庵野に手を差し伸べた鈴木敏夫。意を決して「新劇版」に着手するも、3作まで制作時点で再び「壊れてしまった」という庵野監督にかけた安野モヨコの言葉。まるで大河ロマンのような一連の映像を見た多くの視聴者は思ったのではないだろうか。やはり『エヴァ』シリーズの中心にいるのは、どう考えても庵野監督その人であると。それどころか、誰もが「碇ゲンドウ」を想起したであろう「世の中を憎んでいた」父親の話も含めて、「エヴァ」の物語とは、イコール庵野監督自身の物語であるようにしか見えないのだから。

 かくして、それを「終わらせること」を決意して、再び「エヴァ」の制作――すなわち今回の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の制作に取り掛かった庵野監督は、「始めちゃったんで終わらす義務がある」と言いながら、「今回はちゃんと終わると思います。終わるし、終わらせられる」と力強く宣言する。なぜなら「自分が少し大きくなれたから」。中心にいるのは自分ではなく作品と言いながらも、自分の状況と作品が深くリンクしていることを認めている庵野監督は、その最後に「自分の中にあるものが作品の中に入っているので、それは本物になる」と言い切るのだった。「自分の考えている以上のもの」を「外側の世界」に求めながら、それを突き詰めていけばいくほど、自分の「内側の世界」を出し尽くさずにはいられない、庵野監督のある種矛盾した「作家性」。そんな相反する衝動に引き裂かれながら、四半世紀にもわたって庵野監督は「エヴァ」の物語を駆動し続けてきたのだ。それが今、ついに終わりを迎えようとしている。『:序』『:破』『:Q』に続く「新劇版」の4作目であり、「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」というキャッチコピーの通り、その長い長い物語の最後を飾る作品でもある『シン・エヴァンゲリオン劇場版』――それを観たあとの後味は、このドキュメンタリーを最後まで観終えたときと同様、必ずしも悪いものではなかった。むしろ、清々しさすらあるような……。

 けれども、それは当然ながら、庵野監督の終わりを意味しない。このドキュメンタリー番組の最後がそうであったように、庵野監督はすでに次の仕事に着手し始めているのだから。自らが企画・脚本を務める特撮映画『シン・ウルトラマン』だ。ちょうど先日、新型コロナウイルスの影響により、当初予定していた今年初夏の公開が延期され、公開時期の再調整中に入っていることが発表された本作。果たしてそこには、庵野監督の「何」が注ぎ込まれているのだろうか。そして、すでに発表されている「そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン。」というキャッチコピーが意味するものとは何なのか。今回のドキュメンタリーを観たあとだけに、どうしてもそこに庵野監督自身の姿を重ねてしまうのだが……いずれにせよ、たとえ『エヴァ』が終わろうとも、この監督からは、まだまだ当分目が離せそうにない。それを改めて確信させるような、実に見応えのあるドキュメンタリーだった。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter

■放送・配信情報
NHK総合『プロフェッショナル 仕事の流儀』
毎週火曜午後10時30分〜放送
放送から1週間、NHKプラスにて見逃し配信
※メイン写真は『プロフェッショナル 仕事の流儀』公式サイトより

■公開情報
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
全国公開中
企画・原作・脚本・総監督:庵野秀明
監督:鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏
テーマソング:「One Last Kiss」宇多田ヒカル(ソニー・ミュージックレーベルズ)
声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山口由里子、石田彰、立木文彦、清川元夢、関智一、岩永哲哉、岩男潤子、長沢美樹、子安武人、優希比呂、大塚明夫、沢城みゆき、大原さやか、伊瀬茉莉也、勝杏里、山寺宏一、内山昂輝、神木隆之介
音楽:鷺巣詩郎
制作:スタジオカラー
配給:東宝、東映、カラー
上映時間:2時間35分
(c)カラー
公式サイト:http://www.evangelion.co.jp
公式Twitter:https://twitter.com/evangelion_co

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