Clubhouseなど最旬キーワードも 「ゲームストップ株騒動」が映画業界と深く関係する理由

 インターネットフォーラムによって導かれた群衆の英知が、一国の経済を脅かしたとする見方もある。WBSのハンドルネーム“DeepFuckingValue”ことキース・ジル氏が発信する投資情報をもとに、数万人とも言われるレディッター(Redditer)が追随し、ゲームストップ株などがミームストック化していった。1月27日には、IOSのアプリストアおよびアンドロイドのGoogleプレイでロビンフッドのアプリがダウンロード数1位になり、個人個人がそれぞれロビンフッドを使い買い注文を集中させた。個人が束になりヘッジファンドが仕掛ける非情な空売り取引を攻撃する姿は、小さな存在が集合知を得て大きな敵と闘う姿勢と重なる。『クイーンズ・ギャンビット』で孤高のチェスプレイヤー・ベスが今まで闘ってきた良きライバルたちの英知を集約して、最高の勝利を勝ち取ったシーンのように……。

 こうして、世間の注目を一手に引き受けることになった株売買アプリ、ロビンフッド。CEOのウラジミール・テネフは33歳のブルガリア系移民で、スタンフォード大学の同窓生バイジュ・バットとともに2013年にロビンフッドを設立した。ロビンフッドとゲームストップ株騒動報道が過熱する中、超特大のスターが最高の舞台を用意し参入してきた。1月31日午後、テック界・スタートアップ界の大スター、テスラCEOのイーロン・マスクがTwitterに「Clubhouseにて、今夜10時、LA時間」と投稿。

 Clubhouse(クラブハウス)とは、1月中旬より日本でも急速に広まっている招待制音声SNSアプリのこと。日曜深夜、クラブハウスのイーロン・マスクのルームに現れたのは、時の人ウラジミール・テネフだった。2日ほど前にクラブハウスのアプリをダウンロードしたところ、共通の友人によってマスクを紹介されたテネフはこれがクラブハウスデビューで、「で、実際どうなってんのよ?」という業界大先輩によるあけすけな聴取を受けた。テネフの声は緊張で多少上ずりながらも、マスクの誘導で騒動の顛末をていねいに説明していく。流行り始めた最新SNSアプリで、アメリカ中が注目する騒動の最新情報が本人の口から語られる。iPhoneの向こうの聴衆は興奮で震えていたことだろう。

 世間の注目と関心に比例するように、ハリウッドからも熱視線が注がれている。MGMは、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)の原作『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』の著者で、アーロン・ソーキンと共に共同脚本家を務めたベン・メズリックがこれから執筆する本『アンチソーシャル・ネットワーク(仮題)』の映画化権を取得。メズリックは、『ソーシャル・ネットワーク』を製作したマイケル・デ・ルカと再度タッグを組む。他方、Netflixは『ハート・ロッカー』(2009年)と『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)でアカデミー賞脚本賞を受賞しているマーク・ボールが脚本を執筆、『好きだった君へのラブレター』シリーズのノア・センティネオが主演を務めるプロジェクトに着手したと報じられた。ハリウッドではこれ以外にもいくつかのプロジェクトが動いていると言われている。この題材がハリウッド垂涎のネタだという裏付けとして、ゲームストップ株騒動が報じられてから、金融ジャーナリストのマイケル・ルイス氏が“空売り”をテーマに執筆した『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』をアダム・マッケイ監督が映画化した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)、ウォール街の狂騒をマーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で描いた『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)といった作品がiTunesのレンタルチャートを上がっていることが挙げられる。

 米国下院金融サービス委員会長のマキシーン・ウォーターズ下院議員は、2月18日にロビンフッドのテネフCEOとシタデル、メルヴィンといったヘッジファンド数社の代表を招集、DeepFuckingValueことキース・ジル氏とそしてゲームストップ社代表の出席を求め、公聴会を開くと発表した。まだまだゲームストップ株騒動の全貌は明らかではなく、今後の市場がどう動くかの見通しもわからない。だがひとつ確かなことは、世間は現代性に満ち溢れたこの事件を鋭い視点で描く考察を切望しているということだ。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■リリース情報
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』
ブルーレイ+DVD セット発売中
価格:3990円(税別)

出演:クリスチャン・ベール、スティーヴ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピット
監督:アダム・マッケイ
脚本:アダム・マッケイ、チャールズ・ランドルフ
原作:マイケル・ルイス『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』(文春文庫刊)
販売元:パラマウント
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