『ワンダヴィジョン』がシットコムとして作られた意味 仕掛けられた“謎”とともに考察する
本作『ワンダヴィジョン』の舞台になっているのは、1950年代以降のアメリカで中流白人の典型的な幸せのモデルとされた、郊外の住宅地(サバービア)に住む平凡な家庭だ。夫は都市にある会社に通い給料を稼ぎ、妻は家事や近所の主婦たちと交流しながら夫の帰りを待っている。そんな世界観にワンダとヴィジョンが入り込んでいるのである。しかし、MCUシリーズでワンダやヴィジョンが登場するのは現代であったはずだ。なぜ二人はそんな時代、そんな場所に存在しているのか。そもそも、ヴィジョンはアベンジャーズ作品のなかで命を落としていたのではなかったか? 視聴者が納得できる説明がないまま、ドラマは進行していく。
だが本作には、そんな謎の設定のヒントとなるような要素が数多く紛れ込んでいる。例えば、モノクロの画面のなかに“色付き”で表現されるものが登場する箇所は興味深い。1話に登場するのは、ドラマの合間のクラシカルなCM映像で紹介される、アイアンマンことトニー・スタークの会社に関係すると思われる、食パンを焼くトースターである。
ワンダは子ども時代に故郷のソコヴィアで両親を失う爆撃を経験し、「スターク・インダストリーズ」の名が刻まれた不発弾に怯えたことで、一時はトニー・スタークを強く憎んでいた。トーストの焼き上がりを知らせるランプが不穏に点滅するCM映像は、そんなワンダのエピソードを思い起こさせるものだ。そしてCMに出演する男性は「過去は忘れましょう」と語りかける。また、ラジオから突然聴こえてくる、ワンダに直接呼びかけてくる謎の声も気になるポイントとなっている。
ワンダ自身が「これって現実なの?」と不安がるように、このようないくつもの不自然な描写から類推されるのは、このシットコムの世界そのものが、夢や幻影(ヴィジョン)であるかもしれないという疑惑だ。しかも、その夢を見ているのはワンダ自身なのではないだろうか。ある登場人物が「このちっぽけな町から逃げ出すのは、無理なんだよ」と語るように、その世界の町や住人は想像の産物なのかもしれない。そして、それこそが“ワンダヴィジョン”というタイトルを意味しているのではないか。
また、自宅の庭に突然飛び込んできたと思われる、これもカラーで表現されていたヘリコプターのおもちゃや、ある謎のキャラクターの衣装にプリントされ、ある登場人物のネックレスにもデザインされていた、“一本の剣を象ったシンボルマーク”も、本作の謎に深く関わっているように思われる。
MCUシリーズ作品のなかで、サミュエル・L・ジャクソン演じるニック・フューリーと宇宙とのつながりが描かれていたことを思い出してほしい。ニック・フューリーといえば、アベンジャーズをまとめる組織「S.H.I.E.L.D.(シールド)」の元長官。彼が宇宙に目をつけるという展開は、マーベルのコミックに登場する、宇宙で活動するシールドの姉妹組織「S.W.O.R.D.(ソード)」の設立を予感させるものだ。
この前提から、『ワンダヴィジョン』に登場する一本の剣のマークが「S.W.O.R.D.」に関係している可能性は非常に高いと思われる。今後、「S.W.O.R.D.」と思われる存在が、シットコムの物語にどのように関わってくるのかが、本作の大きな注目すべき点となっていくだろう。