“三国志ファン”が表明したい『新解釈・三國志』への違和感

エノケンに代わる芸人は生まれるのだろうか

 本作には、さらに見過ごすことのできない点もある。現在の日本の“お笑い”の表現には、容姿や性格など、人の特徴をバカにするような価値観が残っていると感じられるケースがある。そんなお笑い表現が駆使された本作でも同様の描写が見られるのである。

 とくに違和感を覚えるのは、渡辺直美演じる“絶世の美女”貂蝉の登場シーンだ。『勇者ヨシヒコ』シリーズでも、渡辺演じるキャラクターを化け物呼ばわりしたり、延々と容姿を“イジる”場面があったのと同様、ここでも彼女が不美人であるというネタが繰り返される。だが私を含め、このシーンで中国風の着物を着た彼女を美しいと感じる観客は少なくないのではないだろうか。にもかかわらず、本作は彼女が美しいはずがないという価値観を観客に押しつけて笑わせようとする。

 渡辺直美は、『勇者ヨシヒコ』シリーズ以降、ニューヨークの舞台に出演し、オシャレなライフスタイル誌の表紙を飾るなど進歩的な人物として紹介され、本人も「どんなサイズでも自分を愛して下さい」とインタビューで語っている。本作ではそんな経緯などを無視するかのように、ふたたび彼女の容姿を笑いものにしている。そして、高橋努演じる張飛、城田優演じる呂布に対しても、侮蔑的な表現を使っている。差別をする人間がいるということ自体を作品で表現するなとは言わないが、主人公の劉備自身が、率先して“体型イジり”に加担させてしまっていることで、本作を楽しむこと自体が、イジメに参加させられるような気分になってくる。

 その一方で、本作は権力を持っている人間の傲慢さを断罪しようとはしない。部下を前に出して自分はリスクを取ろうとしない、情けない劉備を愛らしい人物として描き、小栗旬演じる、女性に狂う曹操を楽しい人物として描く。弱い者の落ち度はとことん細かく指摘して笑いものにするが、強い者の落ち度は、なあなあにスルーするのである。そして、そんな君主たちのバカな思惑で戦争が起こることについて、何のメッセージも発しようとしない。戦争で人が死ぬ描写も見られず、争いがどんな結果をもたらすのかを示すこともない。

 このような態度を“日本的”と呼ぶことはしたくないが、現在の日本のお笑いの表現は、例えばアメリカのコメディに見られるような体制批判の要素が少なくなっている傾向が見られるのは確かだ。日本の喜劇王と呼ばれた榎本健一(エノケン)は、日本の国民に主体性が希薄で、何でも“お上まかせ”であること、そのせいで知らないうちに不幸になっていくことを皮肉った歌を発表したが、果たしてそんな表現ができるお笑い芸人は、いまどれほどいるだろう。

 「三国志」は、戦乱の世を娯楽として楽しむものなので、そもそも現在のヒューマニズムが通用しない部分があることも確かだ。しかし、諸葛亮が敵味方問わず戦没者を悼むために人の頭を模した「饅頭」を発明したという故事などを紹介するなど、そこで実際に起こった“死”について何らかの結論を出す必要が生まれるはずではないだろうか。

 劉備が「民のため」という言葉を発する場面がある。だが劇中にそれを裏付けるシーンは無いため、その立派な言葉は、まさに現在の政治家が言うだけ行ってみた空疎なスローガンであるかのようだ。それを結論とするのであれば、彼が曹操に追われて行軍する際に、付き従う領民を見捨てずに窮地に陥っていく有名な場面をなぜしっかりと描写しなかったのか。

 軍に疫病が蔓延するシーンでは、劉備が、ウイルスに対してマスクの有効性を否定する場面もある。たしかにマスクは空気感染においてウイルスを完全に防ぐものではないが、飛沫感染で広がる新型コロナウイルスなどに対しては、マスクの種類にもよるが、一定の効果が期待できるものだし、吸い込みを防ぐ場合もある。本作で描かれた疫病がどのようなものかは明かされないが、映画館が鑑賞中もマスクの着用をうったえているこの時期に、なぜわざわざこのシーンを残すことになったのかは、理解できない部分だ。

 今回“新解釈”として打ち出しているのが、諸葛亮の妻である黄夫人の存在を大きく扱っている部分だ。天下の趨勢を左右したのは、一人の女性だったという大胆な説を披露するのである。ここまで「三国志」の世界観を無視して、いまさらという感じではあるが、唯一、ここだけが興味深く、多様性を感じる部分であり、本作の数少ない良心になっているといえよう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『新解釈・三國志』
全国公開中
脚本・監督:福田雄一
出演;大泉洋、ムロツヨシ、橋本さとし、高橋努、山田孝之、城田優、佐藤二朗、賀来賢人、岡田健史、矢本悠馬、半海一晃、橋本環奈、山本美月、岩田剛典、渡辺直美、小栗旬、磯村勇斗、阿部進之介
主題歌:「革命」作詞・作曲・編曲:福山雅治(AMUSE / UNIVERSAL J)
配給:東宝
(c)2020「新解釈・三國志」製作委員会 
公式サイト:shinkaishaku-sangokushi.com
公式Twitter:@new_sangokushi

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