煉獄さんが観客の心に灯した炎 猗窩座への台詞に込められた『鬼滅の刃』無限列車編のテーマ
『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が公開初日からわずか10日間で興行収入が107億円を突破。公開から25日間で興行収入100億円を記録したジブリ映画『千と千尋の神隠し』を抜いて、日本映画史上最速の記録となった。
『千と千尋の神隠し』は最終興収308億円で日本歴代興収ランキング1位を長年独占しているが、それを遥かに凌ぐ勢いで記録的な興行成績を叩き出しているため、興収300億円突破への期待が高まっている。また『千と千尋の神隠し』のハクが“300億の男”、『君の名は。』の立花瀧が“250億の男”、『ハウルの動く城』のハウルが“196億の男”と、興行収入にちなんで歴代のキャラクターがそう呼ばれていることから、鬼滅劇場版の実質的な主人公・煉獄杏寿郎を“300億の男”にしようという声も。そんな応援の声を煉獄さんに伝えたら、「俺は俺の責務を全うする!」と一刀両断されそうだ。
原作の面白さやキャラクター性、アニメ制作会社ufotableによる映像美、世界観をより鮮やかに彩った梶浦由記・椎名豪による劇伴など、『鬼滅の刃』がここまで大きな社会現象を巻き起こした理由をとても一度では語りきれない。またヒット理由に関してはたくさんの批評家やファンによって考察されているため、本稿では一度難しいことは忘れ、今最も日本人の心を掴んでいるであろう煉獄さんの魅力を映画の内容と照らし合わせながら語っていきたいと思う。
以下、ネタバレあり。
本作『無限列車編』は主人公の竈門炭治郎、妹の禰豆子、同期の剣士・我妻善逸、嘴平伊之助が、短期間で40人以上が行方不明になっているという列車に乗り込むところから始まる。そこで彼らが落ち合ったのが、鬼殺隊の柱の一人である煉獄さんだ。
TVアニメを観ている方ならご存知だと思うが、炭治郎と煉獄さんが出会ったのはこの時が初めてではない。十二鬼月・下弦の鬼の累を倒した炭治郎はアニメ第22話において、柱が集まる柱合会議で鬼の禰豆子とそれを庇っていた炭治郎の処遇を決める裁判にかけられる。今でこそ個性豊かでヒーロー的存在の柱たちだが、視聴者からしても彼らの第一印象は意外なほど悪い。煉獄さんですら当初は聞く耳を持たず、「鬼をかばうなど明らかな隊律違反だ! 我らのみで対処可能! 鬼諸共斬首する!」と炭治郎と禰豆子の首をはねようとしていたのだから。
また、劇場版の冒頭部分でも煉獄さんは「うまい! うまい!」と列車内でお弁当を頬張り、炭治郎から“ヒノカミ神楽”について問われても「知らん!」と勝手に話を終了する傍若無人ぶり。きっと初めて煉獄さんを見た人は誰もが変人だと思っただろう。
それなのに物語が終わり、エンドロールが流れると自分でもおかしいしいほど涙が溢れ、大きな喪失感にかられた。しばらくは主題歌の「炎」(LiSA)が炭治郎から煉獄さんに向けた言葉にも、煉獄さんから炭治郎へ贈る言葉にも聴こえて涙が止まらず、“煉獄ロス”と言っても過言ではない状態に。煉獄さんの身体的・精神的強さと、そこに隠れた不器用な優しさに誰もが心を打たれたに違いない。
無限列車に現れる下弦の壱・魘夢は人間を幸せな夢の中に閉じ込め、その間に“精神の核”を破壊する鬼だ。どんなに強い人間も己の欲には抗えない、誰もが心のどこかで辛い現実から逃げたいと思っているはずだ――魘夢の戦法にはそんな狙いが隠されているように思う。炭治郎も鬼に殺されたはずの家族が生きている夢の中で、自分が鬼殺隊であることを徐々に忘れていく。善逸も伊之助も、それぞれが理想の世界で幸せを一身に享受していた。
その中で、煉獄さんが見た夢は驚くほど現実的だ。そこにいる場所が夢の世界であることには気づいていないが、煉獄さんは夢の中でも自分が“柱”であることを自覚しており、家に引きこもる父の槇寿郎にすぐさま柱になったことを報告しようとする。槇寿郎は現実世界でも剣士として挫折を味わったことですっかり酒に溺れているが、煉獄さんの理想を反映した夢の中であれば、以前のように誇り高き剣士の姿で現れてもいいはずだった。けれど、槇寿郎は夢でも柱になった息子に「くだらん」と吐き捨て、煉獄さんは父の代わりに弟の千寿郎へ「頑張って生きていこう! 寂しくとも!」と強く優しい言葉をかける。彼が見た夢は現実でも実際に起きたことなのか、それとも煉獄さんが弟にかけてあげられなかった言葉を伝えるという、ある種の理想を反映した場面なのはわからない。ただ、確かなのは煉獄さんが夢の中でも柱として弱き者を守ろうとする揺るがない精神を持った人間だということだ。