『エール』前のめりな裕一に感じる危うさ 戦争が“自分ごと”になった先に待つものとは

 兵役は免除されたものの、裕一(窪田正孝)の心には変化が生じていた。『エール』(NHK総合)第82話では、裕一が「彼らのような若者のおかげで、今この国はもってるんだ。頑張らないと」と映画の主題歌づくりに励む。

 第17週のタイトルは「歌の力」。音楽教室を閉め、音楽挺身隊からも外されてしまった音(二階堂ふみ)は、縁側の掃除をしながら歌曲を口ずさむ。劇伴のないシーンは、音楽から離れた音の生活を表しているかのようだ。

 音は華(根本真陽)に「私のために歌をやめたの?」と聞かれ、「私が選んだの、あなたを」と返してから、歌手になるという夢は「お父さんに預けてある」と答える。多くの人が夢を諦めざるを得なかった時代に、かろうじて希望をつないでいた。「君はるか」を歌い、裕一とのなれそめを語る親子のやり取りに心がなごんだ。

 国を挙げて戦争を遂行する中で、思想・信条や表現の自由は監視の対象となり、光子(薬師丸ひろ子)たちが信仰するキリスト教徒の集会も禁止された。「不自由な時代よね」と梅(森七菜)は五郎(岡部大)にこぼす。そんな中、「若鷲の歌」の作曲に取り組む裕一は、どこか自分自身を追い立てているように見えた。

 予科練の見学を申し出たほか、もう1曲書かせてほしいと三隅(正名僕蔵)に直訴する裕一の姿は、以前とは明らかに異なっている。「予科練の若者の気持ちを、もっとこう熱く、もっと深く表現できるんじゃないか」という意気込みは、裕一の作曲家としての成長を示す反面で、前のめりな姿勢に危うさも感じる。

 職業作曲家として、良くも悪くもこだわりなく仕事をこなしていた裕一が変わったのは、召集令状が届いてから。戦争を「自分ごと」として捉えた時に初めて、家族を残して戦場に向かう兵士の思いが身近に迫ってきたのだろう。自分だけ招集を免れたという負い目もその思いに拍車をかけたのではないだろうか。

 「ものを作るには、何かのきっかけとかつながりが必要」と梅に語っていた裕一。そのつながりが、ついに「戦争」そのものになってしまったようにも見えた。

 西條八十が書いた歌詞の手直しを依頼するなど、裕一はなかなかの担当者泣かせだ。その裕一に振り回されるのが、廿日市(古田新太)ではなく三隅というところがまた泣かせる。娘が接吻する姿を2度も目撃してしまう光子など、シリアスな場面での笑いの効用を実感する回だった。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、中村蒼、山崎育三郎、松井玲奈、奥野瑛太、古田新太ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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