『TENET テネット』悪役のケネス・ブラナーが大活躍 『オリエント急行殺人事件』の重厚な魅力

 さて、本作の原作となった『オリエント急行の殺人』というアガサ・クリスティの代表作は、これまで何度も映像化されてきた。有名なところでは、ブラナーにとって王立演劇学校の大先輩にあたるアルバート・フィニーがポアロ役を演じたシドニー・ルメットによる1974年版だ。フィニーを筆頭に、イングリッド・バーグマンやショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイヴといった錚々たるキャストが顔をそろえたわけだが、本作でもその“オールスター映画”としての華やかすぎるほど華やかな画面はしっかりと継承されている。

 ジュディ・デンチとペネロペ・クルス、ウィレム・デフォーにミシェル・ファイファーといったアカデミー賞の受賞経験もしくはノミネート経験のある俳優たち。スター俳優のジョニー・デップがラチェット役を演じ、『スター・ウォーズ』シリーズのデイジー・リドリーに、本作の後に『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞を受賞するオリヴィア・コールマン、さらには英国ロイヤル・バレエ団の最年少プリンシパルとなった経歴を持つバレエダンサーのセルゲイ・ポルーニンと、名前を並べるだけでくらくらしてしまいそうなキャスト陣が一堂に会す画面の華やかさはあまりにも満足度が高い。

 もちろんその座長たるブラナーは、シェイクスピア演劇で鍛え上げた説得力のある演技で、個性の強いポアロというキャラクターを器用に演じ抜く。近年は『ダンケルク』と『TENET テネット』といったクリストファー・ノーラン作品で貫禄たっぷりの演技を見せたり、『シェイクスピアの庭』ではウィリアム・シェイクスピア本人を演じたブラナーではあるが、このポアロ役は一世一代の当たり役ではないだろうか。彼の“らしさ”と原作からイメージされるポアロ“らしさ”が存分にあふれている。

 そこにさらに、オリエント急行の絢爛豪華な内装と、それが走り抜ける雄大な山々の景色が映画のダイナミックさを与えてくれる。これまでの監督作品でも徹底してフィルムでの撮影にこだわってきたブラナーが、『ハムレット』以来となる65mmフィルム撮影に臨んだことも十二分にうなずけるほど、画面的な魅力にあふれた作品であることは言うまでもない。前述のインタビューの中でブラナーは、列車内という狭い空間の中であえて小回りの利かない撮影方法を使うことでクローズアップを多用し、役者の表情の変化や感情を描き出すことに注力したとも語っていた。列車を舞台にした映画というのは往々にして、その閉塞的環境を利用して緊迫感を生みだすことが多いわけだが、開放的な絶景とのコントラストが、それをより高めているというわけだ。

 先日、新型コロナウイルスの影響を受けて、今後公開されるディズニー作品の延期が一気に発表された中に本作の続編『ナイル殺人事件』も含まれており、当初なら10月公開だったところが12月18日公開へ延期となった。ブラナーの監督としての技量も俳優としての技量も両方堪能できるこの「エルキュール・ポアロ」シリーズの原作には、まだまだいくつもの興味深い“事件”が用意されている。『ナイル殺人事件』が公開される年末に、世界の映画情勢がどうなっているのかさえまったく見通しが立たない中ではあるが、今後のさらなるシリーズ化に繋がるよう願わずにはいられない。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■放送情報
『オリエント急行殺人事件』
フジテレビ系にて、10月3日(土) 21:00~23:10放送
監督:ケネス・ブラナー
出演:ケネス・ブラナー、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルス
(c)2017Twentieth Century Fox Film Corporation

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