『波よ聞いてくれ』は原作ファンの期待を超える“ラジオ的”アニメに 驚くほど忠実な“脱線”の醍醐味
さて、そんな『波よ聞いてくれ』は、2020年4月よりサンライズ制作でアニメが放送されている。「読むラジオ」という特異さを持つこの漫画を、どうアニメにするのか。主人公が終始トークを絶やさないテンポ感を、過不足なく映像に置き換えることができるのか。何より、無軌道な「脱線」ぶりを、どのようにシリーズとして構成するのか。原作ファンのひとりとして、実のところ、放送までは若干の不安を感じていたのが本音だ。
しかし、そんな不安は開始早々に払拭される。
何より、鼓田ミナレ役・杉山里穂の見事なパフォーマンスに圧倒されてしまった。原作漫画から声が聞こえてくるはずもないのに、この声質やイントネーション、荒げ方のニュアンスは、間違いなく「ミナレの声」。ぼんやりと頭の中にあった彼女のイメージが、急速に実在感を持ち始める。約24分の本編において、とにかくミナレが喋り続けるのだが、全くもって飽きが来ない。自身も北海道出身という杉山の熱演には、思わず耳が惹きつけられる。がらっぱちで芯が強い、これ以上ない「ミナレの声」だ。
また、他のキャストにも注目したい。ミナレをラジオ業界に引きずり込むディレクター・麻藤兼嗣を演じるのは、藤真秀。映画『007』シリーズにおけるダニエル・クレイグの吹き替えを担当するベテランである。家賃が払えなくなったミナレをこころよく自宅に迎え入れる女性アシスタントディレクター・南波瑞穂には、2019年の第13回声優アワードで新人女優賞を受賞した石見舞菜香。「イケオジ」な放送作家・久連木克三には、『進撃の巨人』でケニー・アッカーマンを演じた山路和弘が起用されている。何かといわくつきのミナレの元カレ・須賀光雄に浪川大輔というキャスティングも面白い。
シリーズ構成で注目したいのは、大胆なエピソードの入れ替えだ。原作でも序盤の見せ場である「ヒグマとの格闘(という架空実況)」を、なんと初回の冒頭に配置している。このヒグマはアニメのメインビジュアルとしても先んじて公開されたが、「単なるお仕事ラジオ作品ではないぞ!」というメッセージとして、充分な機能を果たしている。原作を知らずにアニメから観た人は、架空実況という妙なシチュエーションに、思わず「耳を」疑うことだろう。ミナレの類まれなアドリブセンスを印象づける構成だ。
演出面においては、原作特有の「ぎゅうぎゅうに詰め込まれた高速会話劇」が、驚くほど忠実に再現されている。分かる人にしか分からない細かなネタや、映画やテレビ番組のオマージュなど、その全てが時にツッコミ不在のままハイペースで流れていくのだ。本筋に直接関係のないやり取りが数多く盛り込まれているのも、実に「ラジオ的」である。
音楽や演劇など、「演」の要素を扱った漫画が映像化される場合、そのクオリティには期待と不安が集まるものだ。この点、『波よ聞いてくれ』は、作品そのものの「脱線」構造を含め、映像への翻訳が見事に成功していると言えるだろう。ラジオ特有の、「電波に乗った声」の質感。これだけでも、たまらないものがある。
本作のために書き下ろされたtacicaによるオープニングテーマ「aranami」は、サビの歌詞が実に印象的だ。「今日より明日がどうとか言ってる内に今日は去って」。一見予定調和のように過ぎ去っていく毎日は、時に荒波のように非日常に姿を変える。そんな、どこに向かうか分からない「脱線」の日々だからこそ、個々人の生き様が指針となる。膠着した状況をことごとく動かしていく鼓田ミナレの日常は、2020年春の「観るラジオ」として、多くの視聴者に活気を与えることだろう。
■結騎了
映画・特撮好きのブロガー。『別冊映画秘宝 特撮秘宝』『週刊はてなブログ』等に寄稿。
ブログ:『ジゴワットレポート』/Twitter
■放送情報
『波よ聞いてくれ』
MBS、TBSにて、毎週金曜深夜2:25〜放送中
Amazon Prime Video、Netflixなどで配信中
声の出演:杉山里穂、藤真秀、石見舞菜香、山路和弘、大原さやかほか
監督:南川達馬
シリーズ構成:米村正二
キャラクターデザイン:横田拓己
アニメーション制作:サンライズ
(c)沙村広明・講談社/藻岩山ラジオ編成局
公式サイト:https://namiyo-anime.com/