視聴者はなぜ『スカーレット』を“私のドラマ”と感じたのか? 作品全体を通して描いた「不可逆性」

 老いや病の描写もまた、不可逆だ。

 父・常治(北村一輝)がお金のために長距離輸送の仕事を請け負ったは良いが、無理がたたって身体をこわし、亡くなったり、マツ(富田靖子)が老いて何度も同じことを言うようになったり。武志の身体を病が着々とむしばんでいく中、「絶対に死なさへん」という母の決意も、周囲の人々の協力もまた、武志を救うことはできなかった。そして、大人たちも身体にガタがくるなど、老いてきている。

 度重なる厳しい現実と、一度失ったら取り戻せないモノの数々。出会いと別れが繰り返される中、悲しみを乗り越え、自身の糧としながら、喜美子は強くたくましく前を向いていく。居間で食事をする、工房に佇む、坂道を歩く一人の姿はとてつもなく孤独だが、強さと凛々しさを漂わせている。

 そんな中、この作品を振り返るとき、いつもあたたかな光として思い出されるのは、序盤のわずかな期間に描かれた「荒木荘」での女中修行の日々だ。

 ヒロイン・喜美子がまだ何者でもない時期。しかし、安い給料を補うために1足12円でストッキングを繕うといった「どうやってでも生きていくための術」を教えてくれたのも、生涯続く濃厚な人間関係が得られたのも、荒木荘である。

 出会いも別れも、生きている限り繰り返される。しかし、その大きさは決して等価ではなく、若い頃の一時の出会い・思い出が生涯を照らし続けてくれる存在となることは、私たち視聴者にも経験のあることではないだろうか。照子(大島優子)・信作(林遣都)という幼い頃からの腐れ縁もまた、得られるとしたら、一生の宝物に違いない。

『スカーレット』第116話(写真提供=NHK)

 また、『スカーレット』において重要な意味を持っていると思えるのは、唐突な存在に見えた工房の客・小池アンリ(烏丸せつこ)との不思議な交友関係だ。これは幼い頃や若い頃の友人関係とは異質のもの。バックグラウンドに共通点は全くないのに、好きなモノや感性が合うだけで、ときどき会ってお喋りをして、刺激を受けることができる趣味友・オタク友・仕事友に近い気がする。

 変わらないものは何もないし、年々失うもの、取り戻せないものは増えていく。私事で恐縮だが、それでも人生は否応なく続くこと、生きていかなきゃいけないことの重みを感じるようになったのは、40代に入ってからだ。

 バブル崩壊後に就職し、日本の浮かれ気分を実体験として知らない50歳未満の世代。しかも、ぐっすり眠れば回復した30代までと違い、身体にはすでに何らかの病気や不快症状など、不可逆な不良個所を抱えていたり、親の老いを切実に感じていたりする。それでも「人生100年時代」では、まだ折り返してすらいない事実に、ときどき心底ゾッとする。
40代に入ってから、旧友と互いの誕生日にお祝いメールを送り合うたび、「このトシになると、大切なのは友達と健康だけ」なんて話が出てくるようになった。そうした境地と『スカーレット』は不思議なくらいリンクしている。

 心理描写が非常にリアルであるために、「これは私のドラマだ」と感じる視聴者は多かったことだろう。その中でも40代女性にとっては、物語で描かれている時代は大きく異なるにもかかわらず、自らが歩んできた時代性と、老いを感じ始める体験などが重なり、より一層、身につまされるドラマとなったのではないだろうか。

 先行き不安な現代で、不可逆性に苛まれる自分を支えてくれるのは、心を温かくしてくれるような思い出や場所、友人、そして自分の中で燃やし続けることのできる何らかの炎だけ。恐ろしく同時代性を感じる朝ドラだった。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』総集編
総合:5月5日(火)前編15:05〜15:28 後編16:28〜17:56
BSプレミアム:5月7日(木)前編 9:00〜10:28
BSプレミアム:5月8日(金)後編 9:00〜10:28
出演:戸田恵梨香、富田靖子、大島優子、林遣都、松下洸平、黒島結菜、伊藤健太郎、福田麻由子、マギー、財前直見ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記、葛西勇也
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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