スティーヴン・キング原作映画、成功の秘訣は? 『IT/イット』『ドクター・スリープ』から考える

「そこはかとなくダサい」の巧妙な使い方

 バランスの良さには、キング作品に見られる「そこはかとないダサさ」の加味も含まれます。

 スティーヴン・キングは生粋の小説家であり、彼の頭の中に思い描く、深い霧が徐々に侵食していくような重苦しい恐怖を文字にするという点で他に類を見ない天才です。しかし、その頭の中をひとつの映像にして他人と共有させようとなると、途端にダサくなってしまう傾向にあると、私は思っています。

 キングの初監督作品『地獄のデビルトラック』はその傾向が顕著です。

『地獄のデビル・トラック』 オリジナル予告編(字幕付き)

 このトレイラーは、キングが「自分の作品は多くの人たちによって映画化されたが、自分の作品を正しく伝えようと思って、自らメガホンを握った。楽しかった。自信作だ!」と言っているものです。のちに、『地獄のデビルトラック』は失敗であったことを認めていますが、私にとってキングの頭の中=『デビルトラック』なので、正直なところセンスは壊滅的だと思っています。

 また、自身の小説をもとに脚本を書いた場合でも、同様のことが起こります。例えば、1989年に公開された『ペット・セメタリー』は、キングが脚本を担当していますが、繰り返し登場する「お助け幽霊パスコー」のおかげで、映画版は恐怖要素が大幅減。小説は、愛ゆえに最悪の決断をしてしまう父を書いた悲しき傑作ホラーであるにも関わらず、映画は、笑顔が素敵なおせっかい幽霊に引っ掻きまわされるドタバタゾンビものであることを否定できません。

 つまり、読者がキングの小説を「怖い」と感じるのは、読者の想像力に依存する部分が強く、キングはその恐怖想像力を最大限引き出すのが天才的に上手いだけで、キングのアイディアをそのまま映像に落とし込もうとすると途端にダサくなる可能性があるのです。

 そして、『ドクター・スリープ』でもそんなダサさをしっかりと感じられます。例えば、それまでの重苦しい展開から急に「そこはかとなくダサいファンタジー展開」になることが多々あります。その「ダサさ」は、自分たちがスティーヴン・キング原作の作品を見ていることを繰り返し念押ししてくれるようです。劇中で、キングのカメオ出演を見なくとも、キングの存在を感じられるのは珍しく、貴重だと感じます。なお、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』でも、ペニーワイズがダンスするという壊滅的にダサいシーンがありますが、あれは「そこはかとなく」という微妙なさじ加減がなく、そこだけ悪目立ちしているのでキングっぽさを出すことに成功しているとは言えないでしょう。あくまでストーリー上で違和感を出す程度のダサさが重要なのです。

3作に見る監督の思い

 『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』と『ドクター・スリープ』と『ペット・セメタリー』を見ると、監督のキング作品に対する思いと、その映像化の困難さが伝わってくるようです。ボリュームはありますが、この機会に原作の小説を手にとってみると、なぜこんなにもスティーブン・キングの作品が愛されるのか、キング原作の面白味のない映画が量産されているのか、モンスター級の名作映画が生まれることがあるのかが理解できると思います。

■中川真知子
ライター。1981年生まれ。サンタモニカカレッジ映画学部卒業。好きなジャンルはホラー映画。尊敬する人はアーノルド・シュワルツェネッガー。GIZMODO JAPANで主に映画インタビューを担当。Twitter

■公開情報
『ドクター・スリープ』
全国公開中
原作:スティーヴン・キング『ドクター・スリープ』(文春文庫刊)
監督・脚本:マイク・フラナガン
出演:ユアン・マクレガー、カイリー・カラン、レベッカ・ファーガソン
配給:ワーナー・ブラザース
(c)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
公式サイト:www.doctor-sleep.jp

『IT/イットTHE END “それ”が見えたら、終わり。』
全国公開中
監督:アンディ・ムスキエティ
原作:スティーヴン・キング
脚本:ゲイリー・ドーベルマン
出演:ビル・スカルスガルド、ジェームズ・マカヴォイ、ジェシカ・チャスティン、ビル・ヘイダー、イザイア・ムスタファ、ジェイ・ライアン、ジェームズ・ランソン、アンディ・ビーンほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://itthemovie.jp
公式Twitter:https://twitter.com/IT_OWARI

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