『ジョーカー』世界的ヒット、『IT/イット』編集版の地上波放送を機に考える、R指定作品の今後
これらの内容は現在適用されるレイティング・システムの基となっているだけではなく、この基準を成立させ運用していた組織であるアメリカ映画製作配給業者協会は、現在のMPAAの前身でもあることからも、ヘイズ・コードがこの後の映画表現へもたらした影響の大きさが分かるだろう。しかし、ヘイズ・コードを遵守しながら製作されるアメリカ映画に満足しなかった観客たちは次第に、表現の自由度がより高いヨーロッパ映画へ流れていくこととなり、バラエティ誌が「ヘイズのモラル・コードは冗談にすらなれない、記憶に残るのみ」と主張する記事を掲載するなど各メディアも大きく批判した。
これらの世論を受けたハリウッドのメジャースタジオは、1950年代後半あたりから『或る殺人』(59年)、『去年の夏 突然に』(59年)などヘイズ・コードに囚われない作品を製作するようになり、59年に協会の承認なしで公開されたビリー・ワイルダー監督作品『お熱いのがお好き』が大ヒットしたことが業界内の潮流を転換させる決定打となった。本格的に国内作品の興業収入減少に対する危惧や海外展開の必要性を感じた各スタジオは協会へ規定改正を促す圧力をかけ、現在のレイティング・システムに取って変わられたことでヘイズ・コードは廃止、市場が業界を動かす結果と至ったのだ。
では、現在のMPAAが実施しているレイティング・システムと、その基準下にある映画製作の実態とはどのようなものか。現状アメリカで製作される劇場用映画作品に設けられている審査適応区はG(年齢制限なし)、PG(保護者の判断が必要)、PG-13(13歳未満の子供の鑑賞は保護者の注意が奨励される)、R(17歳未満の子供の鑑賞は保護者の同伴が必要)、NC-17(17歳以下の子供の鑑賞は許可されない)といったものである。
そしてこの年齢区分は、作り手側の予算獲得において大きな障壁となるケースも多い。たとえ作り手側が優れた企画を持ち込んでも、その作品がR指定作品であれば多くのティーン層の観客を切り捨てざるを得ないこととなり、また世界第2位の映画市場でありながら表現規制の強い中国での公開が困難となる可能性も高まるために、予算出資が渋られる。
その一例に、トッド・フィリップス監督がワーナーへ『ジョーカー』の企画を売り込んだ際、マーケットの限定性を理由に一蹴され、結果としてアメコミ映画としてはかなりの低予算である約6000万ドルでの製作を余儀なくされたたことが挙げられる(それぞれPG-13で公開された『ジャスティス・リーグ』は約3億ドル、『マン・オブ・スティール』は2億2500万ドルの予算を獲得していた)。
しかし、観客の期待は業界の見方と別のところにあるようだ。米医療メディアMedicine Netが行った調査によれば、80年代と比べ近年におけるヒット作品は暴力表現の増加がみられるという。1985年から2015年で各年興業収入トップ30に入った映画を対象としたこの調査では、1985年から1987年までのトップ30の作品の約30パーセントがPG-13であったが2013年から2015年には約50パーセントまで上昇しており、暴力表現は2倍以上になったと報告された。この調査結果から、ペンシルベニア大のダニエル・ロマー教授は「過激描写がある作品の観客人気が高いことを考えると、映画業界はそれに従わざるを得ない」と語った(参照)。
表現規制が及ぼす作品への影響に対する観客の声は、日本でも高まっている。例えば、2015年に公開され刺激的な性描写が話題を呼んだ作品『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、本国アメリカではR指定作品として無修正で公開されたが、日本ではより動員数が見込めるR15指定作品とするため一部シーンに修正が加えられた。しかし、本国オリジナルバージョンの上映を求める要望が多く上がったことで、後にR-18版の限定上映が行われたことがあった。
また先日も、2017年に日本でR-15指定作品として劇場公開された『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が地上波放送された際に、R-15に該当する恐怖シーンがTV用に編集されたことで、視聴者から「見所が大幅にカットされてしまった」という旨の不満が多く寄せられていた。このように“作品の肝”となる描写が表現規制によって変更を余儀なくされる状況は、ここ日本の観客からも厳しい目が向けられている。