中国アニメーション急成長の理由を探る 背景には建国70周年が生んだ意識と国策の変化が

建国70周年と「国潮」

 『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』は当時の中国アニメーション映画歴代1位の興行成績を叩き出し、国内アニメーション業界に大きな自信を与えた。この作品と、翌年の話題作『紅き大魚の伝説』、そして今年の『ナタ~魔童降臨~』と『白蛇:縁起』に共通するのは、中国の古典をモチーフにしている点だ。誰もが知っている物語を取り上げるのはマーケティング的に理に適っているとも言えるが、これほど、国内の伝統的なモチーフがヒットする背景には、中国の国民の嗜好の変化が背景にあると筆者は考えている。

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(c)2015 October Animation Studio,HG Entertainment

 今年、中国は建国70周年の節目の年である。国威発揚的なムードの高まりのなか、若者のトレンドの傾向として伝統文化の要素を取り入れたものがブームとなっている。これを中国語で「国潮」と言うそうだ。

 人民網日本語版(中国伝統の要素が盛り込まれた「国潮」がトレンドに)によると、国潮とは「・中国伝統文化の要素が取り入れられている ・伝統文化と現在の潮流を組み合わせて商品トレンド感を出すという2つの側面がある」とのことで、ファッションでも漢字や鶴や伝説の神獣などをあしらった服が人気となっているという。さらには、「衣料品だけでなく、日用品、グルメ、家電など、ほとんどすべての分野のブランドが『国潮』を売り文句にしている」そうで、上記に挙げた大ヒット映画も、やはり古典を現代風にアレンジした作品であり、中国人の好みの変化を如実に反映していると言える。

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(c)2015 October Animation Studio,HG Entertainment

 こうした中国人の意識の変化も、やはり中国政府の長期的な政策の影響と無関係ではない。アニメーション産業に関して言えば、中国政府はアニメーションを重要なソフトパワーと位置づけており、近年になってさらに強く「中国」の存在感を示すように奨励されるようになってきたと香取淳子氏は語っている。

 一例として、香取氏は2017年の第13回中国国際アニメサミットフォーラムで掲げられた5つの「立」を挙げている。

 「杭州で開催された第13回中国国際アニメサミットフォーラムでは、国家新聞出版広電総局の田進副局長が登壇し、中国アニメは新しい段階を迎えているとし、さらに大きな発展を実現するため、以下、5つの“立”で努力する必要があると述べた。すなわち、1.中国文化に立脚、2.中国精神を立魂、3.民族偉業を立志、4.イノベーションの創立、5.国際的に際立つ
」(※1、P117)

 中国政府はあらゆるソフトパワーを駆使して中国文化への嗜好性を高めた結果、建国70周年に「国潮」を生み出すことに成功したわけだ。こうした積み重ねが『ナタ~魔童降臨~』の大ヒットの背景にはある。

 アニメーション映画だけでなく、実写でも「国潮」を感じさせる作品がヒットしている。歴代興行収入3位を記録したSF超大作『流転の地球』は、教育省の推薦作品に選ばれている。東京新聞(中国教育省、推奨映画にSF作品 大国主義抑え、自己犠牲の物語)は「自己犠牲をいとわない中国人宇宙飛行士が地球の危機を救うストーリーで、中国人の自尊心をくすぐるのに十分。むき出しの大国主義を抑え、SF仕立ての洗練された内容で、国威発揚映画も変化しつつある」と記述している。さらに、今年の9月下旬に公開された、中国成立70周年を祝賀する映画『我和我的祖国(My People,My Country)』は、歴代興行収入9位につけ(中国大陸部映画興行週間ランキング<2019.9.30–2019.10.6>)、同じく10位を獲得したのは、中国版『ハドソン川の奇跡』と言われる『中国機長(The Captain)』といずれも愛国心をくすぐりそうな作品が大ヒットを記録している。

 これを建国70周年による一過性のトレンドに過ぎないと考えるべきではないだろう。中国の経済発展による大国化は、中国人に自国への誇りと自信を与えている。当局のソフトパワー戦略の成功と相まって、自国の伝統と作品に対する親愛は、相当に高まっているのではないか。国産映画が日本アニメやディズニーを超える人気を獲得している背景には、そういう意識の変化があるだろう。

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