SNS全盛期に響く「自己肯定感」に関する物語 『殺さない彼と死なない彼女』の“ここにいて”というメッセージ

SNS全盛期に響く『殺カレ死カノ』

 本作のポスタービジュアルには、主演の間宮祥太朗と桜井日奈子がアンニュイな表情を浮かべ、並んで腰かけている様子が見て取れる。たしかに彼らは憂鬱そうだけれど、両者とも“赤い糸”で繋がった糸電話を手にしている。糸電話といえば、それを口にあて、耳にあてる者同士だけに限定されたコミュニケーションツールだということはご存知の通り。そこでは彼らだからこそ通じ合う、ひとつのコミュニケーションの形が示されるわけだ。親密さを湛えた関係には、けっして周囲からは見えない、“赤い糸”(これは必ずしも恋愛関係を意味するわけではない)のようなものがあるのかもしれない。自分は必要とされているのか、どうなのか? それは他者との関わりのなかでしか知ることができないのだ。

 そんな不器用で愛おしいキャラクターたちを、本作は長回しでの撮影によって映し出している。そこでは一人ひとりの人物たちの「生」が断片的にならず、持続したものとして捉えられているのだ。これによって私たちが感じ取ることができるのは、冒頭に述べたような、歩幅、リズム、ペースといった、彼らの息づかいである。

 本作はSNS漫画家・世紀末によるTwitter発の人気コミックが原作であるが、スマホの画面上に表示される多くの匿名的な「いいね」と、かけがえのない誰かの「いいね」の一言の重みは人によってそれぞれだ。「あなたのことが必要だ」なんて言葉は誰にとっても恥ずかしく、そう簡単に口にできるものではないだろう。『ジョーカー』で主人公のアーサー/ジョーカー(ホアキン・フェニックス)は、「僕が欲しいのは温もりとハグ」だと口にした。彼は自分の存在を肯定し表現する方法を誤ってしまったが、誰だって、ここにいていいのだという存在の理由が欲しいに決まっている。そんな心の凍てついた誰かが、実際に“触れられる”ようなところにもしいるのであれば、どうにかして温もりを与えたい。『殺さない彼と死なない彼女』には、登場するすべての人物、観る者すべてへの、「ここにいていいんだよ」「ここにいてほしい」というメッセージを強く感じる。

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。Twitter

■公開情報
『殺さない彼と死なない彼女』
全国公開中
出演:間宮祥太朗、桜井日奈子、恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜、ゆうたろう、金子大地、中尾暢樹、佐藤玲、佐津川愛美、森口瑤子
監督・脚本:小林啓一
原作:世紀末『殺さない彼と死なない彼女』(KADOKAWA刊)
配給:KADOKAWA/ポニーキャニオン
制作プロダクション:マイケルギオン
製作:「殺さない彼と死なない彼女」製作委員会
(c)2019映画『殺さない彼と死なない彼女』製作委員会
公式サイト:http://korokare-shikano.jp/

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