“アカデミー前哨戦”トロント映画祭を振り返る 『ジョジョ・ラビット』はジンクス証明なるか?
そうした流れがあるだけに、批評家や映画関係者が審査員として作品を評価する他の映画祭と異なり、観客の投票によって話題の中心が決まるトロント国際映画祭が重視されるのも充分に頷ける。たしかに、アカデミー賞作品賞が5枠だった時代までの観客賞受賞作31作品の中でアカデミー賞に駒を進めたのは8作品(うち『炎のランナー』と『アメリカン・ビューティー』、『スラムドッグ&ミリオネア』が作品賞を受賞)。そしてアカデミー賞が“民意”を意識しはじめるようになってからのこの10年間では9作品がアカデミー賞に駒を進め、3作品が作品賞に輝いている。しかも唯一アカデミー賞に絡まなかったナディーン・ラバキー監督の『Where Do We Go Now?』は翌年5月までアメリカ公開がされず、選考基準外だったことを考えると、実質的にトロント観客賞受賞で年内に全米公開される作品は確実にアカデミー賞作品賞にノミネートされると言えよう。
もちろん、「北米を代表する映画祭で観客から絶賛された作品だからアカデミー賞に」というベクトルではなく、「アカデミー賞に民意を反映しなくてはいけない」という前提ありきで、賞レースを狙う作品がこぞってトロントに集中し、その結果としてこの10年のような形ができあがったという見方も否定できない。今年のラインナップを振り返ってみれば、カンヌで話題を集めた『パラサイト 半地下の家族』や『Pain and Glory』、『Portrait of a Lady on Fire』といったアカデミー賞を狙えそうな外国語作品をはじめ、『マリッジ・ストーリー』や『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』、『Judy』、『The Lighthouse』など期待作が顔を揃えていたのである。
それだけに『ジョジョ・ラビット』が、他の有力作を抑えて“民意”を勝ち取ったというのは間違いなく後押しになるといえよう。しかも本作の配給は近年のアカデミー賞でひときわ存在感を放つフォックス・サーチライト。今年のカンヌでお披露目され(トロントでもマスターズ部門で上映された)テレンス・マリック監督の『A Hidden Life』も北米配給がフォックス・サーチライトだが、一般大衆から愛される作品と批評家や映画関係者から愛されると棲み分けができており、どちらも盤石の状態で賞レースへ参戦していくことになるだろう。先日のベネチア国際映画祭といい、世界的な注目を集める映画祭が直でアカデミー賞へと結びつく今の状態は、アカデミー賞はもちろん映画界全体にもいい効果をもたらしているのではないだろうか。
ところで、観客賞の対象となったスペシャル・プレゼンテーション部門には新海誠監督の『天気の子』と是枝裕和監督の国際共同製作作品である『真実』が出品され、いずれも受賞は逃したものの賛辞を集めた。前者はアカデミー賞の国際長編映画賞日本代表となり、長編アニメーション賞の有力作品の一角としても期待されており、後者は演技部門や脚本部門での賞レース参戦が目されている。他にも深田晃司監督の『よこがお』や黒沢清監督の『旅のおわり世界のはじまり』といった国際的に活躍する日本人監督の作品が相次いで上映されたのだが、やはり注目はミッドナイト・マッドネス部門で上映された三池崇史監督の『初恋』だろう。
ロッテルダム国際映画祭をはじめ世界各国の映画祭で熱狂的な支持を集める三池監督にとって、初のラブストーリー作品となる同作は、カンヌ国際映画祭の監督週間でお披露目された。その際も日本にはあまり前情報が出ないままで驚かされたが、さらに来年2月の日本公開に先駆けて9月下旬から北米先行公開されるという異例の決定が。北米初お披露目となった今回、深夜の上映にもかかわらず観客が殺到し大盛況の中で上映されるなどその作品への注目度の高さ、そして三池監督の人気を証明することとなった。もしかすると、今年のトロント国際映画祭は現在の日本映画を取り巻く環境が変わるひとつのきっかけになるかもしれない。
■久保田和馬
久保田和馬 1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど Twitter
■公開情報
『ジョジョ・ラビット』
2020年1月全国公開
監督・脚本:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイビス、タイカ・ワイティティ、スカーレット・ヨハンソン、トーマサイン・マッケンジー、サム・ロックウェル、レベル・ウィルソンほか
配給:20世紀フォックス映画
(c)2019 Twentieth Century Fox
公式Twitter:https://twitter.com/foxsearchlightj
公式Facebook:https://www.facebook.com/FoxSearchlightJP/
公式Instagram:https://www.instagram.com/foxsearchlight_jp/
『パラサイト 半地下の家族』
2020年1月、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
出演: ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督:ポン・ジュノ
撮影:ホン・ギョンピョ
音楽:チョン・ジェイル
提供:『パラサイト半地下の家族』フィルムパートナーズ
配給:ビターズ・エンド
2019年/韓国/132分/2.35:1/英題:Parasite/原題:Gisaengchung/PG-12
(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:www.parasite-mv.jp
『天気の子』
全国東宝系にて公開中
声の出演:醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:RADWIMPS
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志
(c)2019「天気の子」製作委員会
公式サイト:https://www.tenkinoko.com/