『貞子』は楽しく怖がることができるジャンル映画に “ポップ化”以降の貞子の存在を検証

映画『貞子』はジャンル映画に

 本作は、たしかにポップ化以降の貞子を持て余している部分が見られる。ここではTVから這い出してくる怪物としてのイメージが強調され、初期に見られていたような“人間としての貞子”の側面は最低限に絞られているように見える。

 『リング』、『リング2』にも出演した佐藤仁美が演じる、貞子の恐怖に怯え20年間も病院の世話になっている女性・雅美に襲いかかる貞子。その、誰もが知るお約束の攻撃プロセスを見せるシーンは、ベテランのバンドが、ライブで往年のヒット曲をとりあえず演奏しておくサービスにも見える。これこそ存在の抽象化でありポップ化であるだろう。

 ホラー的には、見開いたときの大きな白目が見事な池田エライザが演じる主人公・茉優は、雅美の心理カウンセラーとして登場する。彼女が、貞子の呪いを受けた弟を探しに、貞子の故郷までやってくると、土地の老女は、「この洞窟には近づくな、“貞子の好物”がある」というようなことを言い放つ。“貞子の好物”……? ここにおいて、貞子はもはや徘徊する熊のような扱いになってしまっている。

 初期の貞子には「好物」のような表現が使われることがなかったことを考えれば、やはり彼女の存在は、以前とは変質してしまっている。おそらく、“貞子”はパブリックイメージのなかで次第に人間性が剥奪され、より純化された化け物へと接近している。そしてそれは、監督が貞子をどう表現したいかという意志すら超えて、ほとんど固定化してしまっているようにも思える。

 『ルパン三世』の原作者であるモンキー・パンチは、アニメーション作品において初めてシリーズの演出を務めたとき、ルパンが敵を後ろから刺すシーンを描こうとすると、「ルパンはそんなキャラクターではない」と、スタジオから却下されたのだという。ルパンと同様、映画における貞子もまた、一種の形骸化された概念としての存在になりつつあるのだ。

 だが、貞子の内面を平板化させたことで、本作ならではの面白さが発生しているところもある。それは、とくに込み入った説明もなく、明快なジャンル映画としてのホラー表現ができるという部分だ。筆者は公開初日に本作を鑑賞したが、20代までの若いグループの観客を中心に、劇場は盛り上がっていた。

 『リング』や『リング2』には、ブームを巻き起こす圧倒的な映像表現としての新しさがあった。『リング』におけるTVから長い髪の女が抜け出してくるショッキングなシーンはもちろん、呪いのビデオに依然として残る不可解な描写や、『リング2』で、そのビデオの世界に入ることで、逆に見つめ返されるという不気味さ、病院のなかでの異様なカメラワークなど、難解に感じられる場面がいくつも存在する。しかし、理屈は分からなくとも、それが極めて繊細な感覚で表現されているがゆえに、こわさを感覚的なところで理解できる気がするのである。だからこの2作は、深いところで恐怖心が揺さぶられる。狂気の入り口に導かれるような、危険な匂いが立ち込める瞬間がある。

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