『さよならくちびる』は“本気”の音楽映画に 小松菜奈×門脇麦が歌う、エモーショナルな楽曲の魅力

『さよならくちびる』は“本気”の音楽映画に

 そして、映画とミュージシャンのコラボレーションともいえるこの3曲を、自分たちの歌にしている小松と門脇の演奏シーンも本作の見どころだ。今回、小松は歌にもギターにも初挑戦だったが、門脇と一緒に数ヶ月に渡って特訓を重ねて、歌はもちろん、ギターも吹き替えなしでライヴ・シーンに挑んだ。ギターの演奏もなかなかのものだが、とりわけ耳に残るのが二人の歌声だ。ぴったりと息が合ったコーラスにハルとレオが築き上げた強い絆が感じとれるし、 レオの歌声にはハルからの影響を感じさせたりもする。歌や演奏にもハルとレオ
のキャラクターや関係がしっかりと反映されていて、役者の歌や演奏からも音楽への熱い想いが伝わってくるのが嬉しい。本作の公開に合わせて、小松と門脇はハルレオとしてEP「さよならくちびる」をリリース。メジャー・デビューをしたが、アルバムを一枚聴いてみたいと思わせるくらいの本気の歌を、映画を通して聴くことができる。

 もちろん音楽だけではなく、芝居の面でも役者のアンサンブルが見事なハーモニーを奏でている。複雑な内面を持ったハルは門脇にはハマり役で、思いつめた顔で煙草を吸う姿にハルの秘められた苦悩を感じさせる。一方、ハルとは反対に直感的で自分を曝け出すことができるレオを演じた小松は、その美貌と鋭い目で見る者を一瞬で惹きつける。そして、新しく生まれ変わろうとしている元ダメ男を絶妙な佇まいで演じて、ちょっと大人な雰囲気を漂わる成田。3人の想いがすれ違うなか、ハルをめぐってレオとシマが感情をぶつけあう様子
を、塩田監督は美しい林の中や街の裏通りなど印象的なロケーションで撮影していて、どちらも巧みなカメラワークで役者の存在感を際立たせた素晴らしいシークエンスだ。その一方で、深い溝ができてしまったハルとレオは、旅の途中で気持ちをぶつけ合うことはほとんどない。あるとしたら、それはステージの上。歌が二人にとっての大切な会話だ。

 ライヴではシマもエレキ・ギターやタンバリンで参加。歌が3人を繋ぎ、歌を通じて言葉にできない感情が行き交う。ツアーの行く先々でライヴ・シーンがあるが、その時、ハルとレオはどんな風に視線を交わし、どんな風に歌うのか。歌声と演奏がどんな風に変化していくのか。それを注意深く追いかけることが、本作を観るうえで大切なところ。そうすれば、ツアー最終日の函館で歌われるスワンソング、「さよならくちびる」の凛々しい歌声から、二人が旅を通じて辿り着いた決意を聴き取ることができるだろう。

 チームを組んだ二人の女性を乗せて、歳上の男性マネージャーが車を走らせる。そんな男女3人の旅の様子を見ながら、ふとロバート・アルドリッチ監督のロードムービー、『カリフォルニア・ドールズ』(81年)を思い出した。向こうは女性レスラーのタッグとマネージャー。雰囲気や語り口は違うが、どちらも夢と挫折の間で揺れる旅だ。旅の車窓から見える風景にハルの書いた詩を浮かび上がらせる演出も音楽的で、その詩からは家族に秘密を持ったまま生きてきたハルの孤立感が伝わってくるが、音楽だけではなく、そうした痛みもまた3人を結びつけているのだろう。 音楽を登場人物の内面と絡めながら、自分らしく生きようともがく男女の心の機微を繊細な眼差しで見つめた本作は、人間ドラマとしても見応えがある味わい豊かな音楽映画であり、歌を生み出すのは人の心だという当たり前のことを鮮やかに描き出している。

■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。

■公開情報
『さよならくちびる』
5月31日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本・原案:塩田明彦
出演:小松菜奈、門脇麦、成田凌、篠山輝信、松本まりか、新谷ゆづみ、日高麻鈴、青柳尊哉、松浦祐也、篠原ゆき子、マキタスポーツ
主題歌:Produced by 秦基博、うたby ハルレオ 
挿入歌:作詞作曲 あいみょん、うたby ハルレオ
製作幹事・配給:ギャガ
制作プロダクション:マッチポイント
(c)2019「さよならくちびる」製作委員会
公式サイト:gaga.ne.jp/kuchibiru/

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