水谷豊×中山麻聖×石田法嗣『轢き逃げ』鼎談 水谷「今だからこういう作品を作ることができた」

水谷豊×中山麻聖×石田法嗣『轢き逃げ』鼎談

中山「水谷さんはこんな温かい人なんだって驚いた」

ーーあまり詳細な話をするとネタバレになってしまうのですが、今回の『轢き逃げ』の主題の一つは「嫉妬」という感情なのではないかと思いました。皆さんは「嫉妬」の感情をどのような時に抱きますか?

石田:実は、僕はあまり友達がいなくて。嫉妬しようにも、嫉妬する相手がいないという、まずそこからなんですよね(笑)。

水谷:そっか(笑)。

石田:だから、今作の脚本をいただいた時も、それをどう表現すればいいのか悩んで、脚本をかなり読み込んで自分なりに一生懸命解釈してキャラクターを作り上げていったんですよ。ところが、最初の本読みの時にそれを披露したら、どうやら監督が考えていたのとは全然違ったみたいで。僕がアプローチの仕方を間違えていたようなんですよ(笑)。

水谷:よく覚えてるね。

石田:それは覚えてますよ! その後しばらく、ご飯も食べれなくなるほど悩んだんですから(笑)。

中山:自分には少なからず「嫉妬」の感情はありますね。友達に対しても、兄弟に対しても、同業の役者さんたちに対しても。ただ、その感情をマイナスに働かせるのではなく、自分の問題として考えるようにしています。マイナスの方に引きずられると、劇中のセリフにもありましたけど、「地獄に堕ちていく」みたいなことにもなりかねないので。ただ、僕も今作の現場では精神的な余裕がなかったので、今そのシーンで起きていること、そのシーンにいたるまでの背景について考えを巡らせるので精一杯で、嫉妬をするとかされるとか、そういう登場人物の感情を掘り下げるところまではいけなかったかもしれませんね。

水谷:この作品では「轢き逃げ」という、普通に人生を送っていてなかなか遭遇することがないこと。轢き逃げをされる側だけじゃなく、轢き逃げをする側もそうですが、そんなこと自分の人生に起きるとは誰も思わない、思いたくないようなことを描いた作品で、そこでは「嫉妬」に限らず、様々な感情が出てくるわけですが。若い二人に比べて自分は、多少は人生経験も多いので、ちゃんとしかるべき感情の場所へと引っぱっていかないといけないなという思いはありました。そういう意味では、二人にとってはかなり難しい作品だったと思いますよ。

ーーご自身が20代、30代だった頃のことを思い返した時、水谷さんは誰かに嫉妬するようなことはありましたか?

水谷:いい作品を観ると嫉妬しましたね。でも、それは嬉しい嫉妬です。特に、仲のいい役者がいい作品でいい芝居をしていると、嫉妬するのと同時にとても嬉しかった。というのも、役者というのはみんなそれぞれの個性があって、その人の芝居というのはどのみち自分にはできないことなんですよ。例えば、若い頃は松田優作さんとはお互いの作品や芝居についてよく話しましたけど、優作さんの芝居は自分にはできないわけで。役者にはそれぞれ個性というものがあって、お互い他の人にはできないことをやっている。だからこそ、お互いの作品に嬉しく嫉妬し合うことができたんですよね。

ーー当時は、特に水谷さんの周囲には個性的な役者さん、破天荒な役者さんが多かったですよね。そんな役者さんたちに囲まれて、水谷さんは時代ごとに大きくイメージを変化させてきたように思うのですが。

水谷:でも、不良の役をやって、その次に先生の役をやったりすると、がっかりする人もいたりしたんですよ。ただ、僕自身としては、演じる人間の生い立ちや職業が変わっただけで、演じる上で何かを変えてきたという意識があんまりないんですよ。それは今もそうです。

ーー中山さんと石田さんにとって、今回『轢き逃げ』に出演することが決まる前までの水谷さんのイメージはどういうものでしたか?

水谷:本人を目の前にして、それは言いにくいわ(笑)。

中山:(笑)。世代的に、僕はやっぱり『相棒』の水谷さんを一番よく見てきていたので、(杉下)右京さんのイメージもあって、目に見えないところですごく厳格な人なんじゃないかと思っていたんですよ。だから、最初にお会いする時はすごく緊張していたんですけど、初めて会った瞬間に満面の笑みで「よろしくね!」って握手を求められた時に、「ああ、なんて優しいオーラに包まれた人なんだ」って。こんな温かい人なんだって驚いて。

ーーその印象はクランクアップまで変わらず?

中山:変わらないですね。撮影現場でも、毎回必ず僕の隣に来てくれて、何も言わず肩の上にポンと手を置いて、囁くように指示をしてくれるんですよ。そのシーンの空気を壊さず、芝居の空気そのままの流れで演出されるのが特徴で。だから、自分はいっぱいいっぱいではあったんですけど、本番前にスッと落ち着かせてくれるんです。

石田:実は僕、『相棒』の映画版(2017年公開『相棒 -劇場版IV-』。国際犯罪組織のメンバー、ジェイ役) に出させていただいたんですけど、その時も現場で初めてお会いした時に、ニコって笑って「ヨー、ジェイ!」って声をかけていただいて、その時に「あ、この人、絶対いい人だ!」って(笑)。

水谷:(笑)。

石田:それから2年後、今回オーディションに受かってこの役をいただいて、『相棒』の時は共演させていただく機会はなかったので、「やっとあの水谷さんに近づける!」って。でも、役者の水谷さんにはお会いしたことはあっても、監督の水谷さんは初めてだったので、撮影に入る前に水谷さんに訊いたんですよ。今思えば緊張していて、何を言ったらいいのかわかなくて咄嗟に出てきた質問だったんですけど。「水谷さんは監督する時、役者を怒るタイプですか? 優しく促すタイプですか?」って。そうしたら「(石田)法嗣くん、その2択じゃなくて、3つめは考えてないの?」って言われて(笑)。

水谷:珍しいですよね、そんな質問(笑)。

ーーでも、これは役者出身の監督ならではだと思うんですけど、現場での役者に対する演出の説得力が違ってきますよね。

中山:違いますね(笑)。

石田:はい(笑)。

ーー先ほどの現場のスピーディーさというのも、そこと繋がっているのかもしれませんね。

水谷:そういうことかもしれません。ワンシーン、ワンシーン、自分にはたどり着きたい世界というのがあって、それは役者の時もそうなんですけど、監督になるとそれがアングル、カット割り、照明といったあらゆる要素が絡む作業になってくる。で、役者のアプローチというのは人それぞれですが、とにかくそのたどり着きたい世界のイメージを共有することが大切なんですね。演出の際に役者の前で自分でやってみせたりすることもありますが、それもアプローチの一つの仕方を見せているだけで、大切なのはそのたどり着く場所なんですよ。

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