“児童映画”の系譜を汲む愛すべき一作 鶴岡慧子監督が挑んだ西加奈子『まく子』の映画化

 監督の鶴岡慧子は1988年生まれの新鋭だが、すでに年令にそぐわないほど数多くの実績を重ねた映画作家である。大学の卒業制作『くじらのまち』(2012)がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)でグランプリを受賞。大学院に進学して1年目に作った『はつ恋』(2013)がヴァンクーヴァー映画祭でタイガー&ドラゴン賞、PFFスカラシップで作った『過ぐる日のやまねこ』はモロッコのマラケシュ映画祭で審査員賞を受賞と、着実に実績を積み上げてきた。ただ鶴岡監督にとっても、児童小説を専門とする福音館書店から出版された西加奈子の小説『まく子』(2016)の映画化は、自身のキャリアの中でかなり思いきった踏み込みではないだろうか。土星人が「死とは何か」を地球の群馬県の平凡な温泉町の営みから学ぶ──。なんとも荒唐無稽なことを挑んでいるように思える。

 だが、ミクロとマクロの対比法はすばらしい成果を得ている。田舎を舞台にしたジュヴナイルとして優れた出来であるだけでなく、死生観について、時の無常さ、変化の不可避について、私たちはこの映画で数多くのことを学ぶ。城趾に立つ美しい古木のもとで、枯れ落ち葉を拾っては撒く動作がなんども反復される。

コズエ「どうして、こうして撒くのが楽しいか分かった。全部、落ちるからだ! 全部落ちるんだよ、サトシ。ずっとずっと飛んでたら、こんなにきれいじゃない!」

 日本映画史には小津安二郎『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』(1932)、清水宏『風の中の子供』(1937)といった戦前から、稲垣浩『手をつなぐ子等』(1948)、田坂具隆『はだかっ子』(1961)をへて、『ションベン・ライダー』(1983)、『くちびるに歌を』(2014)と、挙げたらキリがないほど長く豊かな児童映画の系譜がある。インド映画にもイラン映画にもすばらしい児童映画はあるが、日本映画史のそれは独特な流れをもつ。そうした流れの掉尾に、そっとこの『まく子』という映画を置いてみたい。そんな感慨を抱かせる、愛すべき作品である。

※山崎光の「崎」は「たつさき」が正式表記

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『まく子』
テアトル新宿ほか全国公開
出演:山崎光、新音、須藤理彩、草なぎ剛、つみきみほ、村上純(しずる)、橋本淳、内川蓮生、根岸季衣、小倉久寛
原作:『まく子』西加奈子(福音館書店刊)
監督・脚本:鶴岡慧子
主題歌:高橋優「若気の至り」(ワーナーミュージックジャパン/unBORDE)
配給:日活
(c)2019「まく子」製作委員会/西加奈子(福音館書店)
公式サイト:http://makuko-movie.jp/

関連記事