岩井俊二の“原点”がここに 『Love Letter』とシンクロする小説『ラストレター』を読む
『ラストレター』の中でも電車での別れのシーンで登場する夏目漱石の『草枕』の終盤、主人公とヒロインが駅で人を見送る場面で、「吾々の因果はここで切れる。(中略)世界はもう二つに為った」という一節がある。その言葉ではないが、『Love Letter』『ラストレター』共に(『ラストレター』の場合は一度同じ場所にいた人たちが別れ)もう交わることはないはずの複数の世界が、手紙を通して繋がっていく。
『Love Letter』の2人の中山美穂は、片や小樽、片や神戸というそれぞれの世界において、文通する。だが、映画の中で、同じ役者が演じる2人が交わることは決して許されない。だから2人はあの代表的なワンシーンにおいて、一瞬目が合ったような気がするだけで、すれ違う。
『ラストレター』における想い人たちは、過去と現在という時間に分断されて、もしくは死に阻まれて、すれ違うことさえ許されない。SNSの普及でより不器用になってしまった現代人ゆえ、登場人物たちは慣れない手で、時に誰かの手を借りながら、一方通行だけれども、大切な人を想う手紙を書き続けている。
『Love Letter』が岩井本人も「オスカー・ワイルドの『幸福な王子』を意識している」と言及しているように、『ラストレター』もまた、もう1つの岩井俊二版『幸福な王子』だ。
『ラストレター』の主人公・鏡史郎は、冒頭、鳩を飛ばしている。小説家という肩書きの名刺を持ちつつ、若い頃に書いた『未咲』1作しか小説を書いていない彼は、イベントで鳩を飛ばす会社で働いている。「鳩屋」にのめりこんだ理由を彼はこう説明する。
「『幸福な王子』に出てくるツバメのような。つまりモチベーションはゼロでありながら、巻き込まれ、引き摺られ、気がついたらそれが人生の優先順位一番になっているというような」(『ラストレター』文藝春秋/P.9)
「鳩屋」に限ったことではない。まるで、映画『Love letter』において松田聖子の「青い珊瑚礁」、つまりは南の島に向かって走る歌を歌いながら、雪山で遭難し、落ちていった“ツバメ”たる藤井樹(少年期:柏原崇)が、中学時代、同姓同名の女子・藤井樹(中山美穂、少女期:酒井美紀)の名前をありとあらゆる本の図書カードの一番上に記し、図書室中に散りばめたように、鏡史郎もまた「未咲」が長い間人生の優先順位一番の存在であり、未咲への手紙を何通も送り続ける。
そして「ツバメ」である藤井樹(男)と鏡史郎に対して、「幸福の王子」の役割を担うのが、中山美穂演じる藤井樹と、未咲である。彼女たちは自分の一部をもぎ取っていくかのように与え続け、衰弱し、未咲の場合、死んでしまった。
『幸福な王子』のツバメは、与えすぎて全てを失い、遂には失明し世界を見つめることさえ叶わなくなった王子の肩に留まって、王子が見ることのできないさまざまな世界の話を語り聞かせる。そのように、この物語は、「君の人生の後日談」、つまり君(未咲)がもう見ることのできない、「彼女が本当に愛していただろう、彼女の周りの人々が生きる世界の話」を、鏡史郎がもう会えない「君」のために見て、語って聞かせる物語なのである。
では、この小説をどう映像化するのか。この本にはいくつもの謎が隠されている。いわゆる岩井俊二的な「不自然に語られていないこと」、言葉遊びである。映画はそれをどう描くのか、あるいはあえて描かないのか。
そして、うだつが上がらない中年男・鏡史郎を演じる福山雅治は、『Love letter』の中山美穂と同じく二役を演じる広瀬すずは、なにより『四月物語』以来約20年ぶりの岩井俊二映画の参加である松たか子は、その世界にどう佇むのだろうか。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■書籍情報
『ラストレター』
発売中
著者:岩井俊二
価格:本体1,300円+税
四六判/216ページ
販売元:文藝春秋
■公開情報
『Last Letter』
2020年全国東宝系にて公開
監督・原作・脚本・編集:岩井俊二
出演:松たか子、広瀬すず、神木隆之介、福山雅治、森七菜、庵野秀明、水越けいこ、小室等
音楽:小林武史
企画・プロデュース:川村元気
(c)2019「Last Letter」製作委員会