『ボヘミアン・ラプソディ』『BPM』『ナチュラルウーマン』……様々なLGBTQの姿描いた2018年の映画

 トランスジェンダーを描いた映画は数としては多いとはまだまだ言えないが、エル・ファニングがホルモン治療を前にするトランスジェンダーを演じた『アバウト・レイ 16歳の決断』などは、瑞々しいインディペンデント作品で見応えがあった。しかしながらトランスジェンダーを描いた作品でいまもっとも議論となっているのは、それが当事者によって演じられるべきかどうか、という点である。たとえば今年スカーレット・ヨハンソンがトランス役を降板したことが議論になったが、これは演じることと当事者性の折り合いをどうつけるかという意味で非常に難しい問題だ。しかも倫理面だけでなく、マイノリティのなかのマイノリティであるトランスジェンダーの労働と経済の問題とも関わっている。

『ナチュラルウーマン』(c)2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

 そうした意味で、今年もっとも現代性を持っていた作品はセバスティアン・レリオによる『ナチュラルウーマン』だろう。それは、主人公マリーナを演じたのが実際にトランスジェンダー女性であるダニエラ・ベガであるという「正しさ」あるいは「配慮」といったこと以上に、そこに映画的な必然が宿っているからだ。ラブ・シーンでは彼女の裸の胸が露になるが、それは紛れもなくトランスジェンダー女性の身体性を伴ったものとして表現される。のちに差別や偏見と立ち向かうこととなるマリーナというキャラクターに、圧倒的な説得力がそこで注がれるわけである。トランスジェンダーの娼婦たちのシスターフッドを描いたショーン・ベイカーの『タンジェリン』も記憶に新しいが、おそらく今後トランスジェンダーを描いた作品はより当事者性を重視していくようになるだろう。そうなってほしいと思う。それは「政治的正しさ」のためではなくて、芸術的な意義がそこには存在するからである。

 ここに挙げられなかった作品も多くあるだろうが、それにしても本当にセクシュアル・マイノリティを描いた映画作品が増えたと思う。作品の質も明らかに上がっている。映画好きのゲイである僕にとって、それは素直に喜ばしいことだと思う。

 L/G/B/T/Qそれぞれで問題が違うという以前に、そもそもセクシュアリティの問題は個々人でまったく異なる。それでもセクシュアル・マイノリティを描いた作品が何らかの普遍性を持つのであれば、それは多様なあり方を映し出すことそのものに由来するだろう。時代は変わる。この流れは誰にも止められないだろう。2019年も、たくさんのセクシュアル・マイノリティたちの実存と感情を映画のなかに発見できることを願っている。

■木津毅(きづ・つよし)
ライター/編集者。1984年大阪生まれ。2011年ele-kingにてデビュー。以来、各メディアにて映画、音楽、ゲイ・カルチャーを中心にジャンルをまたいで執筆。編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』。 

■公開情報
『ボヘミアン・ラプソディ』
全国公開中
監督:ブライアン・シンガー
製作:グレアム・キング、ジム・ビーチ
音楽総指揮:ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー
出演:ラミ・マレック、ジョセフ・マッゼロ、ベン・ハーディ、グウィリム・リー、ルーシー・ボイントン、マイク・マイヤーズ、アレン・リーチ
配給:20世紀フォックス映画
(c)2018 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/bohemianrhapsody/

関連記事