『レディ・バード』は愛があるからこそ羽ばたいた 『半分、青い。』にも通ずる母娘の複雑な関係

 でもマリオンも、夜勤で家族とすれ違う孤独な生活を送り、愛する夫の心の病も救えず、経済的にも余裕がないという幸せとは言えない毎日を生きていた。だから彼女は、レディ・バードを否定することでなんとか気持ちを保っていたのではないかと思ってしまう。プロム用のドレスを選ぶシーンで、レディ・バードの我慢に限界がきて、母に好かれたいマリオンに訴えるが、マリオンは最高になってほしいからこそ褒めないのだと娘に言い訳する。「今が最高のわたしだったら?」、そんな娘の返答に母は言葉を失った。

 ダニー(ルーカス・ヘッジズ)とのデート用のドレスを選んだとき、レディ・バードは母が差し出したドレスを「パーフェクト」だと心から褒めたのに、マリオンは娘が出す選択を素直に受け入れることができない。でもこの映画の美しいのは、レディ・バードとマリオンの両方を悪者に仕立て上げなかったところだ。だって親にも子にも、理想はあるけど正解はないもの。

 多様性が重んじられて、様々な愛の形が認められているのに、子供はまだまだ親孝行を強いられ、家族は上手くやっていかなければならないという呪われた風潮がまだまだ残っている。でも血が繋がっているからといって、互いに悪影響を及ぼす2人がともに生活する義務はない。レディ・バードもといクリスティンが、あれだけ嫌いだったサクラメントを運転席から見て感動したように、きっと別の角度から互いを見つめれば、顔と顔を合わせたときに向き合えなかった愛に触れられるような気がする。

 本作の監督と脚本を務めたグレタ・ガーウィグは、響きが好きでクリスティンにレディ・バード(英語でてんとう虫)の名を与えたというが、のちに童謡『マザー・グース』の一節だったことに気付いたそう。火事で子供が死んだ親てんとう虫に、1匹だけ残っているから「家に帰りなさい」と告げる歌詞だ。

 『半分、青い。』で鈴愛の父の宇太郎(滝藤賢一)は落ち込む晴を、飛行機じゃなくてスズメだから遠くへ行けないと励ました。本作では、見送りに間に合わなかったマリオンを、クリスティンの父ラリー(トレイシー・レッツ)は、「大丈夫、戻ってくるよ」と抱きしめる。クリスティンはこの先、恋や仕事で酸いも甘いも経験して、いつか成長した姿で里帰りを果たし、マリオンも空になった娘の部屋を見つめ、いろんな後悔を張り巡らせるのだろう。離れたことで、互いの愛を再確認するのだろうが、きっと母と娘のラブストーリーは複雑な糸が解けぬまま永遠に続いていく。

(文=阿部桜子)

■公開情報
『レディ・バード』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ロイス・スミス
配給:東宝東和
(c)2017 InterActiveCorp Films, LLC.(c)Merie Wallace, courtesy of A24
公式サイト:http://ladybird-movie.jp

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