『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』は人生に深く結びつく傑作だーーその神秘的な作風を読む

小野寺系の『ムーミン谷~』評

 ムーミンは冬の間は眠っていたため、その時期に何が起こるのかを全く知らなかった。普段目にしている友達の代わりに、冬に活発になる不思議な生き物が表に出てくる。ムーミン一家の水浴び小屋には、ボーダーのセーターを着た“おしゃまさん(トゥーティッキ)”という女の子が、冬の間だけ毎年勝手に住んでいたということも発覚する。しかし、おしゃまさんはムーミンに冬の動物や風習のことなどを教えてくれる。フィンランドでは「かがり火」を焚いて夏を祝うが、それと同じように、あやしき者たちが盛大に燃やす「冬のかがり火」があることも知る。ムーミン谷には、死のにおいすら立ち込める、アザー・サイドが存在したのだ。そして、ムーミンが初めて出会う、神秘的な冬のオーロラ…。

 この冬の世界が示しているのは、世の中には自分が想像もできないような危険と恐怖、自分の考えとはかけ離れた価値観、そして美しさが存在するのだということである。よくあるアニメ作品では、自分たちの暮らす世界が何者かに侵略され、力を合わせて撃退するという内容が多いが、本作は、牙を向けようとする山のオオカミたちも含め、未知のものを排除するべき敵とはとらえず、畏怖の念を込めて彼らの世界を尊重しているように見える。近年、違法な狩猟や当局による駆除が問題になっているフィンランドのオオカミだが、危険には注意深く対処しつつも、彼らと距離をとって共存していこうというのが『ムーミン』から感じる理念だ。このような自然への畏怖や、妖精などの「アニミズム」信仰というのは、フィンランドを含めた北欧の先住民「サーミ人」の宗教観ともつながっているように感じられる。

 本作には楽しいエピソードとして、初めて一家がクリスマスを迎えるエピソードが紹介される。冬のことをほとんど知らないムーミン一家は、「クリスマスが来る」というヘムレンさんの言葉を早合点して、「“クリスマスさん”というお客さんが来る」ものと思い、失礼がないように一家が一心不乱になって出迎える用意をするところが面白い。

 トーベ・ヤンソンが「大人のダメなところを凝縮させた」と語るムーミンパパは、今回もひどい失敗を繰り返す。部屋を片付けようとして、逆にめちゃくちゃにしてしまったり、料理を手伝えば、焦げた食材をキッチンにまき散らし、ムーミンママに「クリスマスツリーを探してきてください」と屋敷を追い出されてしまう。そのツリーも、他人の私有地でこっそりと伐採しているところをミイに見つかるという衝撃的な展開に発展していく。『じゃりン子チエ』などの一部の作品を除いて、日本のファミリー向け作品ではあまり見られないような光景だが、そのあたりの「おおらかさ」というのも『ムーミン』の美点だろう。また、フィンランドは「サンタクロースの国」とも呼ばれるが、本作でお腹を空かせた犬の“めそめそ”を、ムーミンたちが当然のようにあたたかく迎えるように、クリスマスに家族や大事な人と過ごし、近くにいる者たちが助け合って喜びを分かち合うシーンには、じんわりとさせられる。

 このようなあたたかさ、おおらかさを描くのに、手作りのパペットは最適だといえよう。『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を制作したスタジオ「ライカ」も、実際の人形を使用し、3Dプリンターで作られた数多くの表情で豊かな感情表現を達成していたが、表情などほとんど動かない本作からも、十分な「表情」を感じ取ることができる。例えば、ムーミンの顔や胴体は、丸みを帯びた立体的な部品で作られ、よく動かさなければならない手足や尻尾は、平面的な切り絵の部品で構成されている。ここでの2次元と3次元の組み合わせが、キャラクターの実体感と軽快さを生み出し、それが表情となって表出しているのである。

 本作『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』には、『ムーミン谷の彗星』で描かれたような「世界の危機」は存在せず、『ムーミン谷の夏まつり』のような脱獄劇も存在しない。しかしここで描かれる、狭い世界の冒険と、他人への優しい心は、それが日常の生活に根ざしたものだからこそ、深い神秘性と感動がある。「映画作品」として甦った、この『ムーミン』の到達した境地を、ぜひ劇場で目撃して欲しい。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』
公開中
原作:トーベ・ヤンソン
監督:ヤコブ・ブロンスキ、イーラ・カーペラン
エグゼクティブ・プロデューサー:トム・カーペラン
声の出演:宮沢りえ、森川智之、朴ロ美
ナレーション:神田沙也加
主題歌:サラ・オレイン(ユニバーサル ミュージック)
配給:東映
(c)Filmkompaniet / Animoon
Moomin Characters TM
公式サイト:www.moominswonderland.jp

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