『陸王』はなぜ“群像劇”に? 池井戸潤ドラマ『半沢直樹』路線からの変化を読む

 TBS系の日曜劇場(日曜夜9時枠)で放送されている『陸王』が好調だ。池井戸潤の人気小説をドラマ化した本作は、業績悪化で資金繰りに悩んでいる老舗の足袋工場・こはぜ屋が、ランニングシューズ「陸王」の開発に乗り出す物語。主人公は役所広司が演じる、こはぜ屋の社長・宮沢紘一だが、宮沢は一種の狂言回しで、物語は群像劇だ。

 実家を手伝いながら就職活動をしているが、中々結果が出ない宮沢の息子の大地(山﨑賢人)との親子の葛藤や、「陸王」開発にあまり乗り気ではない係長の富島玄三(志賀廣太郎)や社員として働く女性たちとの会社での人間関係。融資を引き上げるという銀行との駆け引き、陸王のソールに必要なシルクレイの特許を持つ飯山晴之(寺尾聰)や、足の怪我に悩んでいて陸王の陸上選手・茂木裕人(竹内涼真)の再起をかけたチャレンジ。こはぜ屋とスポーツメーカー・アトランティス日本支社の佐山淳司(小籔千豊)と小原賢治(ピエール滝)の対決といった、複数の物語が絡まりながら同時進行していく。

 制作の中核にいる、チーフ演出・福澤克雄、脚本・八津弘幸、プロデューサー・伊與田英徳の三人は、メガヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)以降の池井戸潤・原作モノを確立したチームで、彼らの作るドラマは男性視聴者の多い日曜劇場とはもっとも相性の良い鉄板の組み合わせで、本作も14~15%台という高い視聴率(関東地区)を保っている。

 とはいえ、『半沢直樹』の頃に比べると、同じ池井戸潤・原作モノでも随分テイストが変わってきたなぁと、見ていて思う。

 メガバンク内での権力闘争を復讐劇のテイストで描いた『半沢直樹』のあと、中堅電子部品メーカーの生き残りと社会人野球を絡めた『ルーズヴェルトゲーム』、倒産間近の中小企業がロケットの部品制作に参入することで生き残ろうとする『下町ロケット』の三本が作られてきた。

 『半沢直樹』以前にも池井戸潤・原作のドラマはNHKやBSで作られていた。しかしそれらが、通好みの大人向け作品だったのに対して『半沢直樹』はエンターテイメント性が圧倒的に高かった。これは福澤克雄のケレン味の強い演出の功績が強く、堺雅人や香川照之の顔をこれでもかと打ち出しており、まるで歌舞伎の見栄を切るかのように役者の演技を濃厚に打ち出していた。

 登場人物のキャラクターは濃く人間の暗黒面を露悪的に誇張して見せる悪人の描写においてはそこまでやるか! と言う迫力を見せていた。しかし、このテイストは、次第に薄まって行く。

 今回の『陸王』を見ていて思うのは、今までの福澤演出の肝だった、顔のアップで悪人を見せる描写が思ったよりも少ないと言うことだ。同時に、憎らしくて仕方がないという悪役もいない。今のところ、悪役らしい悪役は、「こはぜ屋」の融資の邪魔をする銀行員・大橋浩(馬場徹)と、ライバル会社となるアトランティス社の佐山と小原くらいだが、描写は抑えめで薄味だ。

 『半沢直樹』で香川照之が演じた大和田暁とピエール瀧が演じた小原の見せ方をくらべると、ピエール瀧の顔をアップで見せるシーンは過去作にくらべると少なく、カメラが引いていることがよくわかる。

 もちろんまだ4話なので、これから彼らの悪どい姿が顔面のアップで描かれるのかもしれないが、彼らは仕事で、こはぜ屋と対立しているだけで、純粋な悪人とは言い難い。

 アップが少ない代わりに印象に残るのは、複数の登場人物が画面に収まっているカットで、群衆の登場するモブシーンも多い。

 その象徴と言えるのがエキストラが約1万人も参加したという第一話のマラソン大会の場面だろう。陸王という足袋を元にしたランニングシューズの開発に、様々な会社と人間が絡んでくるドラマ展開は『シン・ゴジラ』や『HiGH&LOW』シリーズが描いた過剰な群像劇と近いのではないかと思う。

 それにしても、顔のアップを多用する福澤演出が減ると同時に悪人が減り、様々な立場の登場人物を多角的に描く群像劇志向に変わっていったのは、どういうことなのだろうか。

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