『ナラタージュ』小川真司Pインタビュー 「この映画が当たれば、文芸作品の需要が増えるかも」

人生経験によって見方が変わる映画


――小説は泉の視点で書かれていますが、映画は違いますね。

小川:そうなんですよ。映画はもう少し客観的に撮っています。本打ちをするために小説にある出来事を最初からメモして分析したんですが、原作は主人公の泉が今演劇の芝居やってる間とかに昔のことを思い出すっていう、そういう小説なんですよね。しかも思い出してる内容が、先生の手が触った瞬間のどうのこうのとか、そういう女子の妄想が詰まっている。映画はそれを整理して小説にある素材をピックアップして脚色しています。

――有村さん、なんともいえない表情しますよね。あれは先生の側から見えている表情なのかなぁと思いました。

小川:あれはリアルですよね。男と女が恋愛をしていくと本当に自己中になっていく。思い通りにならないことに対する苛立ちや、欲望のまま突っ走っちゃう感じの細かいところがリアルに出ていて。泉が初めて先生のお部屋に入っていった時にいきなり奥さんの痕跡が部屋のそこかしこにあるじゃないですか。ちょっとダサめのティッシュボックスがあって。奥さんの写真はそのまま置いてあるし。

――『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のDVDを見つけるシーンは原作と同じでしたね。あの場面は、昔読んだ時にすごく印象的でした。

小川:あれは僕も面白くて。そのシーンの本打ちをしてる時に「『ダンサー・イン・ザ・ダーク』ネタ最高ですよね」って話していて。

―― 小説にくらべると映画の引用が多いですね。

小川:葉山と泉の関係が映画でつながっていたので監督がこだわった部分でしたね。『浮雲』みたいな男女の関係性を恋愛映画でやるというのが、作っている側のテーマでした。ああいう作品を現代的に作ってみたいというのはありました。

――葉山先生と泉の関係って、小説の方だと、擬似親子みたいな関係かと思ったんですけど、映画はもっと定義しにくい関係になっているなぁと思いました。

小川:やっぱり『浮雲』の森雅之と高峰秀子のような関係性っていうのが、頭の中にありましたね。結局、最終的に葉山先生が「恋じゃなかった」と言ってますけど、もっと依存関係にあるというか。どん詰まりのところにいた2人がたまたま出会っちゃって惹かれ合っちゃって、結局これじゃダメだっていって生きていこうって決意するまでの話なんですよね。だから恋愛だけど恋愛だけじゃないものがあるっていうことですかね。

――影がありますよね。そこが心地いいんですけど。

小川:葉山先生も泉も、お互いが自分の一部になっちゃってしまっているみたいなところがありますよね。ティーン向けの恋愛映画って理想の彼氏を自分のものにするかしないかという話がほとんどじゃないですか。だからゲットした段階でゴールというゲームみたいなところがあると思うんですけど、現実の関係性はそこから始まるっていうか。それを描いているのが『ナラタージュ』ですよね。

――物語は、高校時代と大学時代が交互に進んでいきますけど、実際はどちらも過去の回想ですよね。

小川:そうです。出発点が現在じゃないですか。回想からまた回想に入るという映画なので。

――記憶の奥底に潜っていくみたいなイメージですね。

小川:だから、泉の脳内で再生されたことを観客が見せられるっていうことなんですよね。

――雨のシーンも印象的です。

小川:雨は原作にも出てくるモチーフですね。雨が降ると記憶を喚起するみたいなイメージですね。そういう感覚は映画ならではの表現だと思います。

――話はシリアスですけど、滑稽な部分もありますよね。

小川:近くで見れば悲劇として、遠くから見たら喜劇としてっていう言葉の通りの映画になってますね。だから年齢をある程度重ねて人生経験もある人は、割と客観的に見れるので、笑いながら見れると思います。

――「笑って見てもいい」と監督は思って作られたのでしょうか?

小川:「葉山って最高ですよね」みたいな話をしながら打ち合わせしてましたから、思っているかもしれないですね。編集している時も「我慢してればこんなことになってねえんだよな、葉山」とか言って「我慢できずにキスしちゃうからこんな風になっちゃってるんだよ」「先生だから我慢しろよ」みたいな話をしてました(笑)。

――小野くんが泉の携帯を見た時に「それやっちゃダメだよ」とか、それは言わなきゃいいのにってことを言うことで状況が悪化していく感じも見ていて、いたたまれないなって(笑)。

小川:そういう風に色んな見方ができますよね。現実ってやっぱりそうだし。それが映画の面白さというところもあるので。リアルというか、色んなものが含まれている豊かさがありますよね。合成された食品のちょっと単調な味気ない化学調味料の味と、何年も寝かされて熟成した発酵してすごく品の豊かな味わいと違うわけであって。人生経験によって、見方が変わる映画だと思います。だからこの映画を見て感激した若い人は、10年後ぐらいにもう一回見なおしてみて欲しいですよね。

(取材・文=成馬零一)

■公開情報
『ナラタージュ』
10月7日(土)全国ロードショー
出演:松本潤、有村架純、坂口健太郎、大西礼芳、古舘佑太郎、神岡実希、駒木根隆介、金子大地、市川実日子、瀬戸康史
監督:行定勲
原作:島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊)
脚本:堀泉杏
音楽:めいなCo.
主題歌:「ナラタージュ」adieu(ソニー・ミュージックレコーズ)/作詞・作曲:野田洋次郎
配給:東宝=アスミック・エース
(c)2017「ナラタージュ」製作委員会

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