『打ち上げ花火~』岩井俊二×大根仁×シャフトの組み合わせは本当に噛み合っていないのか?

『打ち上げ花火~』の座組は噛み合っていないのか

キーワードは「銀河鉄道の夜」

 ところで岩井氏はこの作品で『銀河鉄道の夜』のような物語をやりたかったと語っている。撮影当時を振り返ったドキュメンタリー『少年たちは花火を横から見たかった』でも岩井氏自身が言及しているし、今作のプレスシートの鼎談でも大根氏によって語られている。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、ジョバンニという少年が突如として、銀河鉄道行きの列車に出くわし、それに乗って友人カムパネルラと旅をする物語である。不思議な旅から覚めると、ジョバンニはカムパネルラが川で溺れた友人を助けるために行方不明になってしまっていることを知る。銀河ステーション行きの列車は死の世界への旅路であるという解釈が有力だが、生と死の世界を行き来した少年の物語だ。とても奇想天外で美しい描写で埋め尽くされ、まだ見ぬ死の世界への一種の憧憬のようなものも感じられる作品で、今も多くの愛読者がおり、研究もされている。

 個人的な『打ち上げ花火~』オリジナルの最大の謎は、駆け落ちしようとして典道と駅にやってきたなずなが、突如翻意して帰ろうというところだ。「切符を買わなきゃ」と立ち上がったなずなが画面外にフレームアウトして、帰ってきたと思ったら、別人のような印象で「帰ろう」と言う。なぜなずなは電車に乗らなかったのだろうか。『銀河鉄道の夜』といえば電車だろうに。

 本作では、岩井版ではなずなと典道が乗らなかった電車での旅路が描かれる。そしてそれは幻想の中の旅路として描かれる。本作では物語の分岐点は複数あるが、電車に乗るか乗らないかという、原作にあり得たかもしれない分岐点が登場する。そして電車に乗るという選択が始まるやいなや、アニメーションのタッチががらりと変わり、明確に幻想の旅路のような雰囲気が現出する。

 ここからの展開はオリジナル作品を知っている観客からするとまるで別作品のように見えたのではないだろうか。しかし、筆者は『銀河鉄道の夜』が狙いにあったことを知っていたおかげで、この展開がむしろオリジナル作品の意をさらに発展させたものとして観ることができた。

 この『銀河鉄道の夜』という文脈を知っているか、そうでないかで、もしかしたら後半の展開の印象がまるで異なるかもしれない。実写版と今回のアニメ版での最大の違いは後半の展開だと思うが、これを繋げる文脈がこれだったのだ。

 時間が巻き戻る不思議な「もしも玉」はなずなが父が死んだ浜辺で見つけたものだ。典道が玉を使い、時間が巻き戻る度、幻想の度合いが濃くなっていくあたり、本当に時間が戻っているのではなく、典道の願いの世界が展開しているということなのだろうが、死に関連付けられた玉によって幻想の世界が展開するあたりも『銀河鉄道の夜』の影響を感じさせる。

 投げると幻想の世界、典道が願った世界につれていくこの玉は、死と密接な関係があることが示唆されている。列車と死との関連性を見いだせる、本作オリジナルの展開は、岩井監督が本来やりたかった銀河鉄道の夜の影響がはっきりと見て取れる場面だ。

 そしてこの幻想パートからシャフトのアニメーションの持ち味が発揮されてくる。片田舎の瑞々しい青春劇なら、もしかしたら京都アニメーションやP.A.WORKSの方が得手かもしれないが、時と空間を行き来する不思議な空間ならシャフトが指名されるのもうなずける。

 大根仁氏の脚本は、実写版とアニメ版のブリッジとして、岩井監督のやりたかった根幹である『銀河鉄道の夜』のモチーフを引っ張り出し、実写ではなくアニメーションで再映像化する意義もそこに見出した。原作者の意を発展させ、アニメの魅力も発揮させる見事な構成だと筆者は見ている。

 そしてオリジナルでは小学生だった登場人物を中学生に変更していることで、性的視線が増している。中学1年生の夏休み、まだ半分小学生気分の少年たちだが、中学生らしい性的な気分も高まってきているというような状況で、ここに大根氏の個性が活きてきている。

 さらに、最初はなずなが連れ去られても見ていることしかできなかった主人公が、やり直しを重ねる中で主体的に選択し、なずなを守ろうと自ら選択できるようになっていく展開もとても良い。たった1日のほんの数時間をやり直すことで(たとえそれが幻想であったとしても)、典道は確実に成長している。少年の成長を描く冒険譚としても成立しており、『モテキ』や『バクマン。』などでも男の成長ストーリーを丹念に描いた大根氏らしさが発揮されているポイントだろう。

 『銀河鉄道の夜』というキーワードで少年の冒険譚という見方を筆者はしてみた。確かにわかりやすいエンタメでは決してない作品かもしれないが、人生に無数の選択肢があるのと同様、これ以外にも多くの解釈があるに違いない。一見バラバラな個性を持った才能たちが、ひとつのキーワードでつないでみると、夜空に浮かぶ星座のように、ひとつの輪郭を持って浮かび上がってくることがある。この文脈が本作を少しでも楽しむヒントになれば嬉しい。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
全国東宝系にて公開中
声の出演:広瀬すず、菅田将暉、宮野真守、浅沼晋太郎、豊永利行、梶裕貴、三木眞一郎、花澤香菜、櫻井孝宏、根谷美智子、飛田展男、宮本充、立木文彦、松たか子
原作:岩井俊二
脚本:大根仁
総監督:新房昭之
主題歌:「打上花火」DAOKO×米津玄師(TOY’S FACTORY)
(c)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
公式サイト:http://uchiagehanabi.jp/

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