往年のスポ根少女漫画の世界!? 『フェリシーと夢のトウシューズ』は呪われた夢を描く
さらに驚くべきことに、本作は表面的に子ども向け作品として作られていながら、夢を目指す女性が、「男で身を持ち崩す」こともあるという、現実にありがちな罠を描いている。学校一のイケメンとして知られる男子生徒が、信じがたいほどにナルシスティックにフェリシーを破滅への道に誘うのだ。対して、幼馴染の男の子ヴィクターは、フェリシーの母の形見である、バレエダンサーを象ったオルゴールを何度も修理してくれることが象徴するように、彼女の夢をサポートしてくれる、洗練はされていないが実直な男である。ここで思い出すのが、『エースをねらえ!』に登場する指導者・宗方コーチの「女の成長を妨げるような愛し方はするな!」という名言である。夢を叶える過程において、恋愛は必ずしも敵になるわけではないが、恋愛対象は慎重に選ばなければならないのだ。
しかし、本作で最も観客のド肝を抜くのは、フェリシーが他人宛ての入学許可証を「盗む」ことでバレエ学校に入り込むという衝撃的な行動であろう。彼女は名家の令嬢に成りすまし、他人が受けるはずのレッスンを奪ってしまう。もちろん、その後の展開によって、彼女は代償を払わされることになるのだが、主人公が共感を呼びにくいような罪を犯してしまうというところに、本作の「本気」が垣間見えるのである。
ダーレン・アロノフスキー監督の闇バレエ映画『ブラック・スワン』でも描かれていたように、現実問題として夢をつかむためには、汚い方法を選ばざるを得ない場合もあるだろう。施設を逃げ出しパリに暮らすことも、バレエ学校に入学することも、甘ちゃんの正攻法では絶対に達成することはできなかった。ここでは、罪人になってもいい、人を殺してでも夢をつかむという、情熱を乗り越える狂気があってこそ頂点への道が開かれるという、一つの破滅的な哲学が語られている。
夢をつかむためにフェリシーは、ライバルとのダンス対決において、オペラ座の象徴でもある、有名な大階段から跳躍する。ダンサーとしての生命が断たれるリスクを負いながら、この一瞬で死んでもいいという、彼女の矛盾した行動は、バレエを踊ることこそが「生」であり、それ以外は「死」であるという極端な人生観によるものだ。
「あなたは夢のために命を捨てることができるか?」この映画は、観客に鋭利なナイフを突き付けてくる。「夢をつかむ」ということは、おとぎ話のような甘いものではなく、現実的な努力を繰り返し、日常の誘惑を振りきり、ときに汚い駆け引きを覚悟しながら、命を懸けて取り組むものだという、一つの呪われた真理を、本作は率直に示しているのである。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『フェリシーと夢のトウシューズ』
新宿ピカデリーほかにて公開中
声の出演:エル・ファニング、デイン・デハーン、カーリー・レイ・ジェプセンほか
日本語吹替え:土屋太鳳、黒木瞳、花江夏樹、熊川哲也、夏木マリ
監督:エリック・サマー、エリック・ワリン
脚本:キャロル・ノーブル、エリック・サマー、ローラン・ゼトゥンヌ
振付:オレリー・デュポン、ジェレミー・ベランガール
2016/フランス・カナダ/シネスコ/89分/5.1ch/英語
原題:BALLERINA/日本語字幕:稲田嵯裕里
配給:キノフィルムズ
(c)2016 MITICO - GAUMONT - M6 FILMS - PCF BALLERINA LE FILM INC.
公式サイト:www.ballerina-movie.jp