誰の心にも“美都”がいる 『あなたのことはそれほど』は最も人間らしいドラマだ
W不倫を描いた話題ドラマ『あなたのことはそれほど』が遂に最終回を迎える。何の躊躇も葛藤もない、美都(波瑠)と有島(鈴木伸之)の、夢見がちなお花畑不倫劇に思いっきり突き放された序盤から一転し、それぞれの夫と妻の狂気の反撃に圧倒された5話以降、2組の夫婦を取り巻く個性的な登場人物たちを含め、彼らのさまざまな心情に、時に「もし自分がその立場にいたら」と考えさせられずにはいられなくなるに至るまで、今期最もいろんな意味で楽しませてくれたドラマであると感じる。原作には登場しないオリジナルキャラクターである、美都の夫・涼太(東出昌大)の同僚・小田原を演じる山崎育三郎をはじめ、橋本じゅんなど原作ではさほど登場しないメンバーが思わぬ働きぶりで、余計に『逃げ恥』、『カルテット』、『あなそれ』と続いた火曜10時枠の「攻め」にゾクゾクした。
このドラマを見ていてずっと気になっていたことがあった。それは、あらゆる場面で繰り返される、美都は「いい子」であるという言葉だ。彼女は明らかにいい子ではない。彼女は、仕事も料理もできる、妻を全力で愛している優しい夫を背き、最初は知らなかったとはいえ、妻子がいる有島と不倫し、しつこく追いかけ、何があっても愛し続けようとする夫を「ちょー無理」だと思わずにいられない。
だが、初回の彼女は明らかに「恋と運命を夢見る純粋な女の子」として描かれているし、美都の母親(麻生祐未)は美都のことを「人一倍いい子になりたいとずっと思ってきた」と言う。夫・涼太は「みっちゃんはね、いい子なんだよ、本当は」と言い、親友の香子(大政絢)もまた美都に「いい子なのに?」と問いかけ、有島も美都を「いいヤツだな」と言う。
また、8話で美都の母親が、「清く正しい人が愛されるなら私とっくに幸せになってる」と言うのに対し、小田原が「さすが親子ですね」と答え、母が「下品な親子ですみませんね」と返すことで、「清く正しい≒自分の感情に正直≒傍から見れば下品」という構図が生まれるのだ。
3話で、美都の押さえきれない有島への感情を「あんたそれじゃ動物だよ」と責める香子に対し、「優しいから、いい人だから好きになるほうが、心にえさもらって懐いてるみたいで動物っぽい」と美都が返すのも、彼女にとって本能のまま、自分に嘘をつかないことこそが正しいのであり、恋愛において本能ではなく打算で行動することこそが否定するべきことなのだということがわかる。彼女にとっての「お天道様」は、他ならぬ自分自身なのかもしれない。彼女は、人に嘘をつくことができても、自分に嘘をつくことができない。
前回放送の9話は、自分の感情に正直に生きずにはいられない(香子が言うところの「人間してる」)美都と、それを羨ましいと思いながらも、正義を振りかざすことで快感を覚えていた香子と、同じく正義を振りかざし、制裁を加えることで自身の不満を解消しようとした、有島夫婦のアパートの住人・皆美(中川翔子)、美都とは対極で、自分の感情を抑圧し、常に模範的な行動をとらずにはいられない優等生で「学級委員」のような有島の妻・麗華(仲里依紗)、そして自分の感情に正直に生きたとしても報われることがないと思いながら、涼太のことを密かに想い続けていた小田原という、三者三様ではあるが、大きく言って自分の感情に正直に生きるか、生きることができないかの狭間を描いた物語であると感じた。
または、美都という稀有な存在を見つめることで、彼女の周りの人々が自分の中にも存在する美都的感情を見つけ、だが彼女と違い、踏みとどまることができている自分の生き方を戸惑いながらも振り返らざるをえなかったとも言える。美都のような女性は、そこここに存在する。麗華の母親と涼太が語る過去のエピソードに登場する、彼女らを困らせた父親の浮気相手たちや亡き母親はそのまま美都だ。可愛くて愚かで、「女のだめなところが煮詰まったような女」。彼女たちは、いつも誰かに執着的に愛され、そのために周りの人は傷つき、反面教師にしたはずの子供たちもまた繰り返すように、似た女性に執着したり惑わされたりする。